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広島高等裁判所岡山支部 昭和62年(う)33号 判決

本店所在地

岡山県倉敷市石見町五三五番地六

有限会社ユーラク

右代表者取締役

安川典江

本籍

東京都世田谷区代田四丁目七六〇番地

住居

東京都調布市西つつじヶ丘三丁目三三番地一一

会社役員

安川典江

昭和七年一〇月一五日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、昭和六一年一二月一八日岡山地方裁判所が言い渡した判決に対し、弁護人から各控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 大口善照 出席

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人嘉松喜佐夫、同豊田秀男、同柴田茲行連名作成の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官宇陀佑司作成の答弁書に記載のとおりであるから、これらを引用する。

第一原判決が公訴棄却の裁判をしなかったことの違法をいう主張について

一  論旨は、法人税法一五九条一項、一六四条一項は、租税犯の主体を「法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者」に限っている。被告人両名に対する本件公訴事実において、被告人安川典江(以下、被告人安川という。)は、被告人有限会社ユーラク(以下、被告人ユーラクという。)及び毎日商事有限会社(以下、毎日商事という。)の各「実質的経営者」とされているが、右にいう「実質的経営者」が法人の「代表者」はもとより「代理人」を指称とするものでないことは一目瞭然であり、また、非経営者として事業主の事業に従事する「使用人その他の従業者」にも該当しないことも明らかであるから、本件公訴事実は「起訴状に記載された事実が真実であっても、何らの罪となるべき事実を包含していないとき」に当たり、刑訴法三三九条一項二号により公訴棄却の裁判をすべきであったのに、原判決は法人税法一五九条一項、一六四条一項の解釈適用を誤り、不法に公訴を受理したものであるというのである(訴訟手続の法令違反、法令の解釈適用の誤りがある旨述べているが、その内容は刑訴法三七八条二号の主張と解される。)。

しかしながら、法人の代表者ではない実質的な経営者も、法人税法一五九条一項、一六四条一項にいう「その他の従業者」に当たると解すべきであるから、これと同旨の原判決の判断は相当であって、原判決に法人税法一五九条一項、一六四条一項の解釈適用の誤りはなく、不法に公訴を受理した違法があるともいえない。論旨は理由がない。

二  論旨は、被告人両名に対する公訴事実中、被告人ユーラク及び毎日商事における被告人安川の身分に関する「実質的経営者」との記載部分はあいまいでつかみどころがなく、企業における所有と経営の分離の程度、態様などの如何により理解、認識を異にする概念である上、右両会社には法人の代表者たる「代表取締役」として福島栄一(以下、福島という。)が存在し、業務全般を統括していたのに、「実質的経営者」なるものの具体的内容、被告人安川の企業における地位、役割、右福島との係わりなどについて、防御権行使が可能な程度に特定されているとはいえない。更に、公訴事実第二の一の(一)(同(二)に援用されている、原判示第二の(一)、(二)に対応)のうち「売上の一部を除外して公表帳簿に計上せず、これによる簿外利益を偽名で銀行預金をするなどの行為により」の文中における「など」の記載部分も特定されているとはいえない。したがって、本件は刑訴法三三八条四号により公訴棄却の裁判をすべきであったのに、これをしなかった原判決は刑訴法二五六条三項の訴因の明示・特定義務に違反する訴因の違法性を看過し、不法に公訴を受理したものであるというのである(訴訟手続の法令違反、法令の解釈適用の誤りがある旨述べているが、その内容は刑訴法三七八条二号の主張と解される。)。

しかしながら、実質的経営者なる概念はそれ自体明らかな概念であり、また、本件のような虚偽過少申告による法人税逋脱事犯にあっては、その訴因として、被告法人の営業、被告人安川の同法人における地位、職務、法人の対象事業年度分の所得金額及びこれに対する税額、申告した所得金額及びこれに対する税額、申告の日時、場所、免れた法人税額(逋脱法人税額)、右逋脱税額と因果関係のある不正行為の具体的内容を明示することが必要であるが、本件起訴状の記載によれば、いずれもこれを明示し、所論指摘の「………銀行預金をするなど」の「など」につき検察官は原審第八回公判期日において「雑収入、受取利息の未計上をいう。」と釈明しているのであって、右釈明とあいまって行為の内容はより明確となり、被告人の防御に支障がないまでに訴因は特定しているから、訴因の明示・特定に欠けるところはなく、これと同旨の原判決の判断は相当であって、不法に公訴を受理した違法があるとはいえない。論旨は理由がない。

第二理由不備、理由齟齬の主張について

一  論旨は、原審は、その第三二回公判期日において「もし福島が何らかの形で安川と共同してその経営に参画して何らかの行為をし、また逋脱行為をしている場合には、『実質的経営者』という概念は不要である。福島を処罰できない場合に限って『実質的経営者』という概念が必要になる。」旨の見解を示していたのに、原判決は、代表取締役であった福島が逋脱行為に関与していたと認めながら、何らの根拠を示さず、被告人安川の責任を認めたもので、原判決にはこの点において理由不備、理由齟齬の違法があるというのである。

しかしながら、理由不備は、判決自体において刑訴法四四条一項、三三五条一項により要求されている判決理由の全部または一部が欠如している場合をいい、理由齟齬は主文と理由との間または理由相互間に食い違いがある場合をいうのであるから、判決と判決外の裁判所の見解との間に仮に齟齬があり、判決においてその点につき説明がなかったとしてもこれをもって判決に理由不備、理由齟齬の違法があるとはいえない。論旨は理由がない。

二  論旨は、原判決は認定事実と明らかに矛盾する証拠を、根拠なくして証拠として挙示しており、理由不備の違法があるというのである。

しかしながら、判決挙示の証拠の標目中、その証拠内容において食い違いがある場合には、判示に沿う内容の部分のみを採用したものと解すべきであって、その採用しない部分について逐一その理由を説示する必要はないものといわなければならないから、認定事実と矛盾する証拠が掲げられていてもこれをもって理由不備の違法があるとはいえない。論旨は理由がない。

三  論旨は、原判決の説示によれば、被告人安川は逋脱犯の共同正犯として処罰されているのか、福島が不処罰であるため、実質的経営者として処罰されているのか法的根拠について何ら説明されていないから、原判決には理由不備の違法があるというのである。

しかしながら、原判決は被告人安川を逋脱犯の実行行為をした実質的経営者として処罰していることが明らかであるから、論旨は理由がない。

第三訴訟手続の法令違反の主張について

論旨は、被告人安川の大蔵事務官に対する質問てん末書及び検察官に対する供述調書は、検察官の偽計脅迫等により同被告人が心理的な強制を受け、その結果虚偽の自白が誘発されるおそれがある場合に当たるものであり、任意性に疑いがあるものとして、証拠能力が否定されるべきものであったのに、これを証拠として原判示事実を認定した原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反があるというのである。

しかしながら、記録を精査しても、検察官の偽計脅迫等の事実も大蔵事務官に対する質問てん末書が検察官の影響下に作成された事実も見出しがたいから、論旨は理由がない。

第四実質的経営者に関する事実誤認の主張について

論旨は、被告人安川は被告人ユーラク及び毎日商事の所有者ないし資本家として関与していたのみで、業務全般の統括者はこれら各社の代表取締役であった福島であり、被告人安川は実質的経営者ではないのに、同被告人を実質的経営者と認定した原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるというのである。

しかしながら、原判決挙示の関係証拠によれば、被告人安川が被告人ユーラク及び毎日商事の実質的経営者であると認定した原判決の判断はこれを肯認することができ、原判決が(弁護人の主張に対する判断)(二)(実質的経営者について)の項で説示する点もおおむね正当として是認できるのであって、当審における事実取調べの結果によっても右の判断は左右されない。所論に鑑み若干補足して説明する。

1  関係証拠によると次の事実が認められる。

被告人安川の夫安川正朗(以下、正朗という。)は、「安川組」の商号で土建業をしており、その従弟に当たる福島は、昭和二四年ころ九州から正朗のもとにやってきて右土建業のトラックの運転手をするなどして手伝っていたが、昭和二九年ころ正朗が倉敷駅前で「共栄」、ついで「合同遊技場」というパチンコ店をいずれも他の者と共同で経営するようになって、福島はそこで働くようになり、更に、正朗は合同遊技場の隣で「有楽」というパチンコ店を始めた(合同遊技場は自転車置き場とした。)。その際土建業をしている正朗がパチンコ営業の名義人になるのは世間体が悪いとして、福島が営業名義人となり、同時に支配人となった。正朗は昭和三九年一一月不慮の死を遂げたため、被告人安川がこれら事業を引継ぎ、土建業の方は整理に約一年かかり廃業したものの、パチンコ店は福島を支配人としてその営業を続けていたところ、昭和四一年二月パチンコ店が火災により焼失した。被告人安川はパチンコ店を再建しようと奔走し、遊技場経営についても勉強した。焼失したパチンコ店については正朗生存中から立ち退き問題があったため、焼け跡にパチンコ店を再建するについては困難な問題があったが、被告人安川は新築しても補償金なしで立ち退く旨の念書を倉敷市に差し入れ、火災保険金と銀行からの借入金で同年八月新店舗を完成し、その経営に福島を当てることとした。しかしながら、同被告人は、正朗の四九日の法要のときに、正朗の土木関係の友人から(焼失前の)パチンコ店を福島にさせていても調べてみる必要はある旨いわれて銀行に行ったところ、福島と一緒でなければ教えられないといわれ、福島に対し銀行に同行してはっきりしてくれるようにいったが、やましいことはしていないからその必要はないといって断られたことがあったことから、従業員に勝手なことをさせず、経理をはっきりさせる必要を痛感していたため、会社にすると計理士が入り帳簿がはっきりすると考え、パチンコ営業を会社組織として昭和四二年二月有限会社ユーラクを作った。

出資金は三〇〇万円で全額同被告人が出資した。そのうち八〇万円分を福島の名義にし、二〇万円分を同被告人の姉の夫安田栄伯(後記安田貞子こと安貞姫は右姉夫婦の子である。)名義にしたが、それは形の上だけであった。そしてパチンコ店営業は男の方が押しがきくし被告人安川自身対外的な関係を持ちたくなかったことから自分は被告人ユーラクの取締役となり、福島を代表取締役とし、営業の実務は山田和男を支配人としてこれにさせ、福島には日常の業務の監督をさせていた。被告人安川は、昭和四三年一一月ころ高齢の山田を辞めさせ神戸市から中野吾市こと辛五坤(以下、辛という。)を連れてきて支配人にし、被告人ユーラクの営業の実務に当たらせた。そして、経理・会計については、昭和四一年夏ころ被告人安川が雇い入れた山川起生こと金正洙(以下、金という。)が携わっていたが、被告人安川は、岡山市内の高等学校を同年三月卒業して経理事務所に勤めていた前記安貞姫を誘って右金と前後して雇い入れ、同人は、後記のとおり毎日商事に移った金の後を承けて被告人ユーラクの経理事務を担当し、売上メモ、売上から除外した金額のしるしの記入などに始まり、入出金伝票、損益計算書、売上除外金の日毎の入金やこの中から支出された裏給与を含む経費等を記載した金銭出納帳(検第四号)の作成などをしていた。右金銭出納帳は月単位のもので前月の残高は翌月に繰り越されていない。被告人安川は岡山市内に住み男三人の子を抱えていたが、月に一、二回ユーラクの店にきて営業状況をみており、店の改装をする際には辛から相談を受けて指示し、経理についても安貞姫から毎日のようにその報告を受けていた。

同被告人は前記のとおり男三人の子を抱え夫と死別したことから将来を慮り、また、被告人ユーラクが立ち退く際には補償金は要らない旨約束をしていたため、そのような事態に対処するため資産を蓄積すべく、法人税を逋脱することを考え、売上除外を福島及び安貞姫に指示し、売上除外金を公表帳簿に記載せず所得から秘匿しこれを架空名義の銀行預金とし又は不動産の購入に当てた。

また、被告人安川は昭和四二年一一月ころ米子市明治町のパチンコ店毎日商事を福島の勧めで六〇〇〇万円で買い取り、被告人ユーラクにおけると同様な理由から自分は取締役となり、福島を代表取締役とし、被告人ユーラクで経理を担当していた金を支配人とし、同人に日常の営業実務を担当させた。被告人安川は福島を通じて金に指示し、営業状況は福島を連絡役として報告させていた。被告人安川は毎日商事を買い取るに際し使った多額の資金を回収するため、売上除外金の隠匿蓄積を企てこれを福島及び金に指示し、うまくいけばそれら利益の一部を右両名にも与えることを約した。金は売上金を除外し匿名預金にして保管するほか、被告人安川の指示に従い公表用の会計帳簿と公表外の帳簿等を分けて作成し被告人安川はこれら売上除外金及び帳簿類を月一回福島に米子から運ばせて受け取っていた。

被告人ユーラク及び毎日商事において被告人安川は会長と呼ばれ、福島は社長と呼ばれていた。

昭和四六年三月八日、被告人安川は毎日商事を福島に譲って取締役を辞任し毎日商事と関係を絶ち、同時に福島は被告人ユーラクの取締役を辞任して被告人ユーラクとの関係を絶ったため、被告人ユーラクの取締役は被告人安川一人になった。そして、そのころ被告人安川は岡山市から東京都品川区のマンションに転居し、昭和四七年一二月一八日には調布市西つつじヶ丘においてパチンコ店ワールドを個人経営で始めた。

以上の事実が認められ、被告人安川の原審、当審供述、原審証人福島栄一、同金正洙、同安貞姫の供述中これに反する部分はにわかに措信しがたい。

2  東京の被告人安川宅から発見押収された証拠書類に関する所論などについて

昭和四七年六月二七日東京の被告人安川宅が広島国税局の査察による捜索を受け、同所から多数の証拠書類(その一部が証拠物として原審に提出されている。以下、書類ともいう。)が発見差し押さえられた。これにつき所論は、「右書類などは、福島が代表取締役として業務全般を取り仕切っていたころから被告人ユーラクの事務所内に置かれていたものである。これらは、被告人安川が被告人ユーラクの代表取締役になった昭和四六年三月以降もそのまま事務所内に放置されていたが、被告人安川は同年の四、五月ころか夏ころ、内容については十分な認識のないまま、安貞姫に袋にでも入れておくように指示し、翌年の四、五月ころまで約一年間そのままにしていて、そのころ買い物袋に入れたまま東京に持ち帰り、自宅のサンルームに置いていたものである。」旨主張する。

しかしながら、安貞姫は原審において、「これらがどうして被告人安川方にあったのかは分からない。」と供述しており、これら書類について所論に沿う同被告人の供述にも反し、これら書類についてその作成ないし記載内容及びそれが同被告人方にあったことについて同被告人との係わりを全部否定し、「売上除外金の指示は福島からあった。福島がいないときは自分の独断で除外した。福島が被告人ユーラクを辞任した昭和四六年三月以降は自分で従前の例に倣って除外金を取り、これら書類を作成した。」などと供述するが、安貞姫と被告人安川との前記身分関係等に加え、福島が原審において、これらを被告人安川に届けていた旨供述していることに照らすと、安貞姫の右供述は信用できない。

また、これら書類は、昭和四五年一月ないし一二月、昭和四六年三月、七月ないし一二月、昭和四七年二月分の被告人ユーラクの損益計算書、昭和四五年七月ないし一二月、昭和四六年二月、四月ないし一二月、昭和四七年一月ないし三月分の被告人ユーラクの売上メモなど、昭和四五年二月ないし九月、一二月、四六年三月、七月ないし一〇月分の被告人ユーラクの支払明細書、昭和四五年四月ないし七月、一二月分の毎日商事の損益計算書、昭和四五年一〇月、一一月分の毎日商事の売上メモ(検第二、第三、第二四号など)、昭和四五年五月一日から昭和四七年五月三一日まで被告人ユーラクの売上除外金の日毎の入金と主して福島及び辛に対して支払われた裏給与の記載のある金銭出納帳(検第四号)その他であり、このような書類は同被告人の居宅に後記のような状態で存在していたものであり、このことは同被告人が被告人ユーラクや毎日商事の経営に深く係わっていたことを示すものといわなければならない。すなわち、原審における被告人安川の供述によると、同被告人のマンションの構造は、一二畳くらいの居間一部屋、六畳の和室一部屋、洋間二部屋であると認められるが、同被告人はこれら書類をデパートなどの買い物袋に入れて持ち帰り、廊下のようなサンルームのようなところに置いたまま数か月間開けたこともなく査察官の捜索を受けるに至り、査察官に差し押さえられた旨供述している。しかし、原審において取り調べた差押てん末書によると、これら書類は被告人安川方の押し入れや和ダンス内などから発見されており、同被告人が前記に供述するような状態で差し押さえられたものではない。その上同被告人方で差し押さえられたものは同被告人が供述するような昭和四六年四月、五月ころか夏ころまでの分に限られるものではなく、それ以後の分も揃っており、昭和四六年四月、五月ころから夏ころにまとめた物を約一年後に持ち帰りそのままにしていたともいえない。所論は採用できない。

所論はまた、同被告人が自ら売上除外行為に直接関与しておれば、右売上メモ等をわざわざ自宅に持ち帰り、保管しておくことは全く不自然で、あり得ないことであるというが、これら書類は前記認定のとおりの期間のものであるばかりか、一括放置されたままではない状態において差押を受けるに至ったことも前記のとおりであり、更に、同被告人は原審において、「これら書類の一部は安貞姫からちょっと見せられて説明を受けたことがあるが、もう少しよく見てみようと思って一応まとめて持ち帰った。」と供述しており、同被告人の原審供述によっても、同被告人は、安貞姫の説明を受け、これら書類に多少なりとも目をとおし、更に検討を加えようとしていたものであり、同被告人の営業や売上除外金に対する関心の高さも自ずから明らかである。所論は前提を異にし採用できない。

所論は更に、被告人安川は原判決が売上除外金と認定した金員を配当金として受け取ったものであると主張し、被告人安川の原審、当審供述はこれに沿うが、これが配当金であることを示す会計書類はなく、金銭出納帳(検第四号)の収入金額は日毎の売上除外金であり、支出金額として福島や辛に対する給与(裏給与)やその他の交通費、交際費などの裏経費とこれらの差引残高が記載されているが、これが被告人安川に対する配当金である旨の記載はないし、その受領後においても、被告人安川がこれを配当金として処理した形跡はない。このような記帳の実体、形式と事後の処理にも照らし、売上除外金を配当金として受け取ったなどとは到底いえない。被告人安川は被告人ユーラク及び毎日商事の売上除外金の中から福島に各五〇万円を与えていた時期があるが、福島は配当金を受け取る理由はなく、同被告人も福島に与えた金は福島の配当金であるとは供述してはいない。更に原判決挙示のメモ帳(検第七一号)に「福島にBから毎月二分あげた………」と裏勘定から分配していた旨の記載をしており、配当金から福島に分け与えた旨の記述も見当たらない。所論は採用できない。

右メモ帳(検第七一号)は、被告人安川が亡夫に話しかける文体で記載され、日付は昭和四五年一二月一九日から昭和四七年一月四日までとなっているが、それには「将来子供達のことを考えても(福島栄一と)別々になった方がいいよね。早ければ早いだけ私の負担が少なくて済みます。」「栄一さんがいる方が対人関係の信頼度は私にプラスだと考えていました。待遇をよくしてあげても当然のように思われる………」「栄一さん今日米子へ行きました。借入に不動産の謄本がいるため持たせました。」「ユーラクの手形、銀行借入、煙草代一七八八万四五〇〇円未払金がある。福島にB(勘定)から毎月二分あげた。銀行借入までしてBを増やした心は許せない。今月は話してストップする。にが虫をかんだような顔をするだろう。」「機械が間に合わなくて倉敷の開店ができなかった、中野(辛)支配人を変えるべきでしょうか。」「清宗(洋一)を退社させようと思ったが少し考えることにした。」「社長、山川(金)今までのシステムを解消、年二回のボーナスをみてやるとした、社長不服、来月の幹部会まで考えよ。気に入らなければ米子毎日(商事)を山川と二人で独立してするように話した。」「一八日以来中野(辛)の態度に変化あり。毎日栄一に誘われてゴルフ、飲食である。貞子(安貞姫)の目をごまかしながら………」「倉敷の立ち退き問題が起こる前に店を求めて軌道に乗せておきたい。」などの記載があり、被告人安川が単なる資本家というにとどまらず、経営者であるとの意識の下に従業員の任免権を掌握し、福島を利用して経営を支配していたことを窺わせるに十分である。

なお所論は、被告人安川はパチンコ営業には素人であったと主張するが、同被告人は前記のとおりパチンコ店焼失後、立ち退き補償もないのに独自の判断でパチンコ営業のできる新店舗を再建し、福島に勝手なことをさせないため、パチンコ店を会社組織にしたこと、その後の財産形成や調布市においてパチンコ店を経営したなどの事業状況に照らすと、相応の力量を備えていたものということができ、被告人ユーラク及び毎日商事の経営に積極的に関与したことも頷けるところである。

3  被告人安川の大蔵事務官に対する質問てん末書や検察官に対する供述調書の信用性に関する所論について

所論は、被告人安川は、高度な政治的解決を期待して全て一人で責任を負うべく大蔵事務官や検察官に対して虚偽の供述をしたもので、同被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書や検察官に対する供述調書には信用性がないと主張する。

そこで検討するのに、関係証拠によれば次の事実が認められる。すなわち、同被告人の自宅が査察による捜索を受けたのは昭和四七年六月二七日午前九時ころであったが、同被告人は令状を見せられ、毎日商事の件で調べさせてもらうといわれた際、知人や弁護士を呼んで立ち会わせたいといったが、査察官から拒否された。同被告人は金庫を開けることを拒み、結局査察官は品川警察署の警察官を立ち会わせて午後三時ころ金庫を開けた。被告人安川は査察官の捜索が終わった後、東京都内の在日朝鮮人商工会に電話して、かねて面識のある姜某(日本名南瑛、朝鮮人総連合会社会局員、以下、姜という。)を呼んでもらうように伝えたところ、姜は同日の夜遅く被告人安川方にやってきた。同被告人が査察の様子を話すと、姜は上司と相談して明日連絡するといって帰っていった。翌日同人から電話があり身柄を拘束されるおそれがあるから直ぐに家を出るようにいわれて身を隠す場所として同人の知人宅を教えられ、同被告人は直ぐに同所に赴きその後ホテル住まいなどをしていた。同月三〇日帝国ホテルに在日朝鮮人商工連合会商工部長南万植、姜、安貞姫、被告人安川ともう一人鄭某が集まり検討した結果、査察は毎日商事関係で受けたものであり、被告人ユーラクの書類はついでに持って行かれたものであるから揉み消しができる。政治的に高次元で解決するのが一番いいということになった。そして、姜から商工会と付き合いのある田村農林大臣に依頼するから、同大臣に連絡が取れるまで家に帰らないようにせよといわれた。そのような過程で被告人安川は岡山県選出の藤井勝志代議士の秘書である肥田璋三郎を介して岡山市在住の松本清税理士を紹介された。松本清税理士は広島国税局に赴き被告人ユーラクの事件を担当するようになった旨挨拶をしたところ、担当官から被告人安川の所在が分からないので、なるべく早く出頭させるように要請された(大蔵事務官は捜索後数日間同被告人方付近で待機したが同被告人は現れなかった。)。被告人安川は同年七月の中ごろになって松本税理士、姜と共に広島国税局に出頭し、同月二九日から大蔵事務官による質問を受け、質問てん末書や被告人安川作成名義の上申書が作成された。その中で同被告人は具体的事実を述べて自分が被告人ユーラクや毎日商事の実質的経営者であり、売上除外の指示をしてこれを受け取り、これら売上除外金は表帳簿に計上せず、税金の申告を少なくしたことなどを供述している。

所論は、被告人安川作成名義の上申書は松本清が妻と共に作文したものであると主張し、関係証拠によれば、これら上申書の作成に同人らが関与したことは認められるが、被告人安川の原審、当審における供述によっても、これが同被告人の意思に基づいて作成されたことを否定することはできない。

また所論は、被告人ユーラク及び毎日商事の経営者は名実共にこれらの代表取締役であった福島であったが、所有者又は出資者ではあるが経営者ではない被告人安川が福島に代わり、一人で全責任を負うことにしたというのであるが、そのためには被告人安川と福島との間でその旨の口裏合わせが行われることが不可欠と思われるのに、本件全証拠によるもその事実は認められない(この点につき、同被告人は原審において松本税理士が福島の取調べに立ち会うことになっていたと供述するが、そのような立会いが許されることには疑問があり、仮にこれが許されるとしても、これで十分口裏合わせができるものとは考えられない。)。

査察の日の夜遅く被告人安川方にきて、同被告人から査察の様子を聞き上司と相談した姜が、被告人には身柄を拘束されるおそれがあるとして身を隠すようにいっていることは、同被告人の説明によっても、同被告人が実質的な経営者であることが姜らの目にも歴然としていたためであるとみるのが自然である。

更に、査察が入ったとき、知り合いの弁護士を呼ぼうとまで考えた同被告人が、弁護士と相談することもなくひたすら事実関係を偽ってまで政治的解決を期待するというのも理解しがたい。

そして、正に同被告人の予期に反して告発がなされたことになるのに、同被告人が検察官の取調べに対しても、自分が実質的経営者である旨の供述を続けているのも不可解というほかはない(この点につき所論は、同被告人は検察官から偽計または脅迫を受けたと主張するが、その採用できないことは前記のとおりである。)。

なお、在日朝鮮人商工連合会商工部副部長洪文権の原審における供述は、「上司である南万植から話は聞いている。政治的解決で告発もなく、起訴もないなどということは甘い考えである。五年間にわたって修正申告をしているが、四年前、五年前の分まで修正申告をさせたのは不当である。」というものである。

次に、関係証拠によれば、被告人安川ないし前記姜らにおいて田村農林大臣との連絡は結局取れず、被告人安川が岡山県選出の藤井代議士による政治工作を期待したことは推認できるが、以上に説示したように、同被告人が実質的経営者であるとの事実関係はこれを動かしがたいものとした上で、これを前提に政治的解決を図ろうとして失敗したものとみるのが素直な見方である。

したがって、被告人安川がユーラク及び毎日商事の実質的経営者であるとして大蔵事務官や検察官に対して述べるところは若干の曲折はあるが大筋において十分信用できるものといわなければならない。

以上によれば、被告人安川は、被告人ユーラクにつき、福島が代表取締役を辞任した昭和四六年三月八日後は名実ともに代表者であり、それ以前においても被告人ユーラクの実質的経営者として事実上その営業全般を統括していたものと認めるのが相当であり、毎日商事についても、同日これを福島に譲渡するまで、その実質的経営者として事実上の営業全般を統括していたものと認めるのが相当である。これと同旨の原判決の認定に事実の誤認はなく、論旨は理由がない。

第五不正の行為及び逋脱の故意に関する事実誤認の主張について

論旨は、被告人安川は不正の行為を行っておらず、かつ、逋脱の故意もなかったのに、これらを認めた原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるというのである。

しかしながら、被告人安川は前記のとおり実質的経営者と認められ、かつ、同被告人は売上除外金を作るように福島や金に指示したものであり(このように売上除外金からの蓄財を必要としたものは被告人安川である。)、売上除外金がどのように形成、帳簿処理されるかを知悉し、これら売上除外金を除いたものを基準に税務申告がなされることを十分知っていたことは前記説示のとおりであるほか関係証拠により認められるから、同被告人に脱税の故意のあることは明らかである。

そして、被告人安川は依頼した税理士に公表帳簿のみを示し、これに基づく計算によりどのような申告がなされるかを福島らからの報告により十分知っていたものと認められるから、申告行為も実質的経営者である同被告人の所為に帰すべきであり、同被告人が脱税の刑事責任を負うことは明らかである。

所論は、確定申告書の署名は、福島又は同人の指示を受けた者によってなされたもので、被告人安川又は同被告人の指示を受けた者によってなされたものではない、原判決は被告人ユーラクの昭和四六年度分の確定申告書の代表者自署押印欄は被告人安川が自ら署名押印したと認定したが誤りであると主張する。

そこで検討するのに、被告人ユーラクの各確定申告書の代表者自署押印欄や経理責任者自署押印欄の署名の筆跡はまちまちであること、代表者自署押印欄にある「福島栄一」の筆跡につき、福島は原審において昭和四四年度分について自分の署名であると認め、安貞姫は原審において、各確定申告書の代表者の署名は社長(福島)が自らしていたと供述したが、具体的に確定申告書を示されるや、「昭和四三年度分のふりがなは自分の字ではないが、漢字は自分の字である。昭和四四年度分は福島の字である。昭和四五年度分は福島の字と思う。」と供述している。しかし、当審において取り調べた馬路晴男作成の鑑定書によると、「昭和四二年度ないし昭和四五年度分の被告人ユーラクの確定申告書の代表者自署押印欄にある福島栄一の署名筆跡と福島栄一から安川典江に宛てた手紙の封筒の裏にある福島栄一の署名筆跡とは異なる筆者によって記載されたものであり、昭和四三年度分の確定修正申告書の代表者自署押印欄にある福島栄一の署名筆跡は右封筒の裏にある福島栄一の署名筆跡とは同一人の記載したものであると認められる。昭和四二年度ないし昭和四五年度分の確定申告書の代表者自署押印欄にある福島栄一の署名筆跡と被告人安川が対象用資料として筆記した署名筆跡とは異なる筆者によって記載されたものであり、昭和四六年度分の確定申告書の代表者自署押印欄にある安川典江の署名筆跡と右封筒表にある安川典江の筆跡及び安川典江が弁護人に宛てた手紙の封筒裏にある安川典江の筆跡とは共に同一人の記載したものではないと認められる。」とされており、確定申告書の代表者自署押印欄の署名中原審において福島や安貞姫が福島の自署であると供述するものについてもこれを否定する鑑定結果となっていることに徴すると、確定申告書の代表者自署押印欄の署名は必ずしも自署によるものではないということができ、この事情は毎日商事についても変わらないことは確定申告書の代表者自署押印欄の署名筆跡の対比等により認められる。

右のように、被告人ユーラクの昭和四六年度分の確定申告書の代表者自署押印欄の被告人安川の署名が本人の署名であるとは認めがたい鑑定結果になっているが、右鑑定結果は、福島や安貞姫が福島の自署であると供述するものについてもこれを否定する鑑定結果となっていることに徴しても全幅の信頼をおきがたい。したがって、被告人ユーラクの確定申告書の代表者自署押印欄の署名を福島がしていたものとはいえず事務員などが適当にしていたものと認めざるを得ず、結局のところ、被告人ユーラク及び毎日商事の各確定申告も実質的経営者である被告人安川の指示又は意思に基づくものといわなければならない。論旨は理由がない。

第六所得に関する事実誤認の主張について

一  被告人ユーラクの昭和四四年度の所得に関し

1  論旨は、福島に支払った給与のうち〈1〉五五〇万円の給料(五〇万円ずつ一一か月分)及び〈2〉いろは食堂の家賃八万四四〇〇円(現物給与)並びに〈3〉賞与一八〇万円を損金と認めなかった原判決は事実を誤認したものであるというのである。

そこで検討するのに、関係証拠によると、公表帳簿における福島の給与月額は五万円で、夏一〇万円、冬一二万円の賞与を受けており、そのほか裏給与として毎月六万円を受けていたことが認められる。〈1〉の五五〇万円は売上除外金を福島が被告人安川に届けた際に、うち五〇万円ずつが一一回福島に支払われたものであり、〈2〉の八万四四〇〇円は福島又はその妻が経営するいろは食堂の家賃として支払われたものであるところ、これらの合計は公表帳簿における福島の給与の一〇倍を超える高額であり、その上福島には前記のとおり裏給与まで支給されていたこと、右五〇万円が支払われた経緯等を考慮すると、到底給料、手当てとみることはできず、これらは原判決も認定するように売上除外金の分配金と認められる。また〈3〉については被告人安川の原審、当審における供述以外に証拠はない上福島は社長たる役員であってこれに対する賞与は損金の額に算入されないから、これらを損金と認めなかった原判決は正当である。なお所論は、福島が売上除外金の分配に与かったとすれば、福島は逋脱犯の共犯であると主張するが、福島を逋脱犯の共同正犯とみることはできない。論旨は理由がない。

2  広告宣伝費について

論旨は、朝鮮中央芸術団への支出一三〇万円を証拠がないとして損金と認めなかった原判決は事実を誤認したものであるというのである。

そこで検討するのに、被告人安川は、「朝鮮中央芸術団の興業が岡山で始まった、正朗生存当時から、右芸術団のパンフレットに広告を掲載するようになった。福島が配当金を持ってきたときに一三〇万円という広告料を支払ったということやそのような広告が必要なことを聞いているし、安貞姫からも配当金から支出したことを聞いている。」旨原審において供述するが、このように高額な金額が、同被告人が配当金という売上除外金を記載した前記金銭出納帳に記載がないばかりか、昭和四四年に限らず、どの時期においても他の帳簿にも掲載されていないことは不自然であるといわざるを得ず、被告人安川が法廷で供述するだけで裏付けとなる証拠は何らなく、にわかに措信し難いとした原判決の判断は相当である。論旨は理由がない。

3  朝鮮人商工会に対する会費について

論旨は、朝鮮人商工会に対する会費二四〇万円を証拠がないとして損金と認めなかった原判決は事実を誤認したものであるというのである。

しかしながら、前記広告料を更に上回る金額についてこれの裏付けとなる帳簿などの証拠のないことは原判決説示のとおりである。原判決の判断に誤りはなく、論旨は理由がない。

二  被告人ユーラクの昭和四五年度の所得に関し

1  論旨は、福島に支払った給与のうち〈1〉六〇〇万円の給料(五〇万円ずつ一二か月分)及び〈2〉いろは食堂の家賃九万七一六〇円(現物給与)並びに〈3〉賞与一八〇万円を損金と認めなかった原判決は事実を誤認したものであるというのである。

そこで検討するのに、関係証拠によると、公表帳簿における福島の給与月額は一月、二月が一〇万円、三月ないし一二月が一五万円であり、更に裏の給与として毎月五万円が支給されているところ、〈1〉の六〇〇万円は売上除外金が福島から被告人安川の手に届いた際に、うち五〇万円ずつが一二回福島に支払われたものであり、〈2〉の九万七一六〇円は福島の妻が経営するいろは食堂の家賃であるところ、これらは一の1に説示したところからも明らかなように到底給料、手当てとはいえず、原判決も認定するように売上除外金の分配金と認められる。また〈3〉も一の1で説示したとおりであり、これらを損金と認めなかった原判決は正当である。論旨は理由がない。

2  広告宣伝費について

論旨は、朝鮮中央芸術団への支出一三〇万円を証拠がないとして損金と認めなかった原判決は事実を誤認したものであるというのである。

しかしながら、一の2についての判断と同一であり、論旨は理由がない。

3  朝鮮人商工会に対する会費について

論旨は、朝鮮人商工会に対する会費二四〇万円を証拠がないとして損金と認めなかった原判決は事実を誤認したものであるというのである。

しかしながら、一の3についての判断と同一であり、論旨は理由がない。

4  減価償却費について

論旨は、パチンコ機器四〇万円(昭和四五年一二月九日)、ジェットカウンター四五万五〇〇〇円(同年一二月二五日)の昭和四五年の減価償却費三万六七九一円を確定申告の際に申し出ていないものであるから認容できないとした原判決は事実を誤認したものであるというのである。

よって検討するのに、法人税法三一条によれば、法人が当該事業年度においてその償却費として損金経理をしたことが減価償却費と認められるための要件とされているから、この要件を充たさないことが明らかな所論の金額を損金と認めることはできない。論旨は理由がない。

三  被告人ユーラクの昭和四六年度の所得に関し

1  論旨は、〈1〉福島に支払った給料、手当一〇〇万円(五〇万円あて一、二月分)、〈2〉福島に支払った賞与一〇〇万円(一月)〈3〉被告人安川に支払った給料一〇〇〇万円(三月九日以降代表取締役として毎月一〇〇万円)、〈4〉辛五坤に支払った賞与四〇〇万円(八月一二日、一二月三〇日各一〇〇万円、三月二〇〇万円)〈5〉安貞姫に支払った賞与三〇万円(一二月三〇日)を損金と認めなかった原判決は事実を誤認したものであるというのである。

しかしながら、〈1〉〈2〉については一の1についての判断と同一である。〈3〉については被告人安川が原審法廷で供述するのみでこれを裏付ける証拠がないことは原判決説示のとおりである。〈4〉については証拠に乏しい上、関係証拠によれば、公表帳簿における辛の給与月額は一〇万円で、八月二三万円、一二月二〇万円の賞与を受けており、そのほか裏給与として一月、二月各七万円、三月から九月まで各一一万円、一〇月八万円、一一月七万五〇〇〇円、一二月四万五〇〇〇円を受けていたことが認められ、これらの事実に徴すると、所論がいう合計四〇〇万円が辛の給与、賞与として損金になるということはできない。〈5〉は金銭出納簿にもその記載がなく、他にこれを認めるに足る証拠はない。論旨はいずれも理由がない。

2  広告宣伝費について

論旨は、朝鮮中央芸術団への支出一三〇万円を証拠がないとして損金と認めなかった原判決は事実を誤認したものであるというのである。

しかしながら、一の2についての判断と同一であり、論旨は理由がない。

3  朝鮮人商工会に対する会費について

論旨は、朝鮮人商工会に対する会費二四〇万円を証拠がないとして損金と認めなかった原判決は事実を誤認したものであるというのである。

しかしながら、一の3についての判断と同一であり、論旨は理由がない。

4  減価償却費について

論旨は、パチンコ機器四〇万円(昭和四五年一二月九日)、ジェットカウンター四五万五〇〇〇円(同年一二月二五日)の昭和四六年の減価償却費四二万〇七三六円を確定申告の際に申し出ていないものであるから認容できないとした原判決は事実を誤認したものであるというのである。

しかしながら、二の4についての判断と同一であり、論旨は理由がない。

5  旅費交通費について

論旨は、被告人安川に支払った旅費一五万二八〇〇円(福島が退職した後、倉敷へ一回出張した。)を損金と認めなかった原判決は事実を誤認したものであるというのである。

しかしながら、被告人安川が原審法廷で供述するのみで、旅費などかなり詳細に記載されている前記金銭出納帳にも記載がなく、他にこれを裏付ける証拠のないことは原判決説示のとおりである。論旨は理由がない。

四  毎日商事の昭和四四年度の所得に関する事実誤認の主張について

論旨は、毎日商事における割数は八二パーセントと推認するのが相当であるのに、これを八〇パーセントとして売上高を算定した原判決は事実を誤認したものであるというのである。

しかしながら、原判決挙示の金正洙の検察官に対する供述調書によると、割数は八〇パーセントと推計するのが相当である。同人が右供述調書において割数について供述するところは、当時の状況をも加えて詳細であって信用性も高く、所論指摘の証拠は前記供述を左右するに至らないものと認められる。原判決の説示には右と異なる点もあるが、割数を八〇パーセントとした原判決の売上高の算定に誤認はなく、論旨は結局理由がない。

五  毎日商事の昭和四五年度の所得に関する事実誤認の主張について

論旨は、福島に支払った給与のうち〈1〉五〇〇万円を損金と認めなかった原判決は事実を誤認したものであるというのである。

しかしながら、一の1についての判断と同一であり、論旨は理由がない。

(結論)

以上のとおりであって、その他所論を検討しても、原判決には所論の違法はなく、原判決は正当であり、論旨はいずれも理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川上美明 裁判官 竹重誠夫 裁判官 山下寛)

昭和六二年(う)第三三号

○ 控訴趣意書

法人税法違反 被告人 有限会社ユーラク

同 被告人 安川典江

右控訴事件の控訴の趣意は別紙のとおりである。

昭和六二年八月三日

右主任弁護人 嘉松喜佐夫

弁護人 豊田秀男

弁護人 柴田茲行

広島高等裁判所岡山支部 御中

控訴趣意書目次

第一章、はじめに・・・・・・五八

第二章、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな、訴訟手続の法令違反及び法令の解釈・適用の誤りがある。・・・・・・六〇

――訴因の明示、特定義務違反等の主張を排斥した原判決の違法性――

一、訴因の明示、特定義務違反等の主張を排斥した原判決・・・・・・六〇

二、原判決の違法性・・・・・・六一

(一)・・・・・・六一

(二)・・・・・・六一

(三)〔「実質的経営者」について〕・・・・・・六一

(四)〔偽りその他の不正の行為の「など」について〕・・・・・・六三

三、この章の結論・・・・・・六四

第三章、原判決には、理由を附さずないしは理由不備・理由齟齬の違法がある。・・・・・・六四

一、原判決の判示事実・・・・・・六四

二、ユーラクについて・・・・・・六五

三、毎日商事について・・・・・・六七

第四章、原判決には、事実誤認があり、その誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである。・・・・・・六八

第一節 構成要件該当性・・・・・・六八

一、実質的経営者について・・・・・・六八

(一)原判決の判示事実・・・・・・六八

(二)原審における主張・争点・・・・・・六九

(三)原判決の認定・・・・・・七〇

(四)原判決が採用した証拠の分析・・・・・・七一

(1)被告人の虚偽の自白調書について・・・・・・七一

(2)原審公判廷における福島の証言・・・・・・七五

(3)原審公判廷における山川の証言・・・・・・八三

(4)山川起正の検面調書(検第一〇四号)について・・・・・・九六

(5)中野証言等・・・・・・九六

(6)被告人安川の調書等・・・・・・一一四

(五)法人税法第一五九条第一項及び第一六四条第一項のいう「その他の従業者」の意義・・・・・・一一五

(1)・・・・・・一一五

(2)・・・・・・一一六

(3)当裁判所の見解・・・・・・一一七

(六)結論・・・・・・一一八

二、「偽りその他不正の行為」・・・・・・一二一

(一)原判決の判示事実・・・・・・一二一

(二)原判決の採用証拠の分析・・・・・・一二一

(1)ユーラク関係・・・・・・一二一

イ、被告人の虚偽の自白について・・・・・・一二一

ロ、福島証言について・・・・・・一二五

ハ、安貞姫証言について・・・・・・一二五

(2)毎日関係・・・・・・一二六

イ、福島証言と山川供述(検第一〇四号)について・・・・・・一二六

ロ、被告人の虚偽の自白について・・・・・・一三二

(三)「偽りその他不正行為」の意義・・・・・・一三二

(四)原判決による処罰範囲の拡大・・・・・・一三五

(五)原判決の事実認定及び、法的評価の致命的な偽り・・・・・・一三五

第二節 税ほ脱犯の故意・・・・・・一三六

一、原判決の認定・・・・・・一三六

二、ほ脱所得にかかる故意の意義・・・・・・一三六

三、原判決の誤り・・・・・・一三九

(一)納税義務=その内容をなす所得の存在についての認識・・・・・・一三九

(二)「偽りその他不正の行為」に該当する事実の認識・・・・・・一四〇

(三)ほ脱結果の発生の認識・・・・・・一四〇

(四)結論・・・・・・一四〇

第三節 各年度の所得・・・・・・一四一

(1)福島栄一の給与について・・・・・・一四一

(2)広告宣伝費について・・・・・・一四六

(3)雑費について・・・・・・一四九

(4)減価償却費について・・・・・・一五〇

(5)給料手当(安川)について・・・・・・一五〇

(6)賞与(中野吾一等)について・・・・・・一五二

(7)旅費交通費について・・・・・・一六〇

(8)割数について・・・・・・一六二

別紙

第一章 はじめに

一、「もし福島がなんらかの形で安川と共同して、その内容の比率はどうなるかわかりませんけど、福島自身もその経営に参画して何らの行為をし、また逋脱行為をやっているという場合には実質的経営者という概念は必要ないんです。」

「実質的経営者という概念が必要なのは福島を処罰できない場合に限ると、裁判所はそういうふうに考えます。」

右はいずれも、原審第三二回公判における裁判所の示した公式見解である。

二、原判決は、

「福島を代表取締役とし、これに日常営業の監督をさせていた」

「昭和四四年度・昭和四五年度のユーラク及び毎日商事の法人税確定申告を、代表取締役たる福島に命じてさせていたものであり事前にその概略のことは報告を受け、判示のような確定申告をしたことはいずれもそのころ福島らから事後報告を受けていた」

「昭和四四年度給料手当福島栄一一五五〇万円(月額五〇万円の一一回分)と八四、四〇〇円(福島が経営するいろは食堂の賃料支払(現物給与))」は、「売上除外金取得の利益配分と認められる」

とそれぞれ認定した。

右認定は、いずれも被告人安川の指示があったという前提がある。

三、それにしても、原審は、右第一項の公式見解と、右第二項の判示との間の、矛盾・撞着のサンプルみたいなケースにおいて、裁判における何らの理由を附していない。

無実を主張して十余年、多大の犠牲と苦痛を余儀なくされてきた被告人が、納得できるだろうか。

裁判を受ける権利(憲法第三二条)と、すべて刑事事件においては、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利(憲法第三七条)をもつ国民が、納得できる民主的な裁判であったといえるであろうか。

四、法人税法一六四条一項・同法一五九条一項は、租税犯の主体を「法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者」に限っている。

原判決は、法人の代表者たる福島が存在して、会社業務の統括行為をなし、明らかに税逋脱行為の実行正犯とみられる場合においても、「実質的経営者」なる概念を右構成要件内にもちこんで、租税犯の身分ある者とした。原判決は法文を無視し、処罰範囲を拡張したことについて何らの合理的根拠を示していない。

原判決は、憲法の保障する罪刑法定主義の大原則を忘却したのであろうか。

それとも原判決は、租税処罰法においては、罪刑法定主義の原則は適用除外とでもみたものであろうか。

五、「そうすると安川さんの方にはどの程度の報告を確定申告をするにあたってどの程度の報告がなされていたんでしょうか。

おそらく安川さんに報告はなかったと思います。」(福島証言第四五回公判)

「そうすると福島さんとあなたとの関係は今お述べになったような社長と総支配人という関係だし安川さんはオーナー、お店の持ち主として福島さんに経営のことを任せておったと、そういう三者関係になりますわね。

そうですね。」(山川証言第五二回公判)

右は、福島、山川という重要証人の証言の一端を、一例としてあげたにすぎない。

福島・山川・中野・安貞姫の各証言など、原判決挙示の有罪の根拠とする証拠と、原判決の判示事実との矛盾について、原審がどのような証拠の評価をしたものか、とうてい理解不能である。

なぜなら、経験則に従えば、右のような証拠を、有罪の資料とすることは、論理上不可能とみられる場合だからである。

ことばのはしばしではなく、安川が業務の統括行為や税逋脱の実行行為をしたかどうか、右各証言の大網を偏見によらず、素直に見てもらいたいものである。

原判決の事実誤認は、どうやら、偏見に基づく有罪の結論がつとに出ていて、その結論に向けて判決を急ぎ、被告人の主張や弁護人の弁論など一顧だにしなかったのではないかとの疑問を禁じえないのである。

六、当審においては、公正な立場で、被告人、弁護人の納得できる、具体的正義に合致した、判決をされんことを期待する。

本件事案において、福島が不可罰的で、安川が可罰的であるとする、事実上も、法律上もその合理的な根拠は全く存在しない。

第二章 原判決には、判決に影響を及ぼす事が明らかな、訴訟手続の法令違反及び法令の解釈・適用の誤りがある。

――訴因の明示、特定義務違反等の主張を排斥した原判決の違法性――

一、原判決は、

(一)実質的経営者とは、法人税法一六九条一項、一六四条一項にいう「その他の従業者」にあたるものであって、それ自体明らかな概念というべく、訴因を特定しているものである。

(二)「売上の一部を除外して公表帳簿に記載せず、これによる簿外利益を偽名で銀行預金をするなど」のうち「など」について、検察官「雑収入、受取利益の未計上をいう」という釈明とあいまって公訴事実は、より明確となり、被告人の防禦に支障がなく、訴因は、特定している。

として、弁護人の主張を排斥した。

二、しかしながら、

(一)被告人両名に対する本件公訴事実中、被告人安川典江の身分に関する「実質的経営者」との記載部分及び、公訴事実第二の一の(一)文中における「など」の記載部分は、いずれも刑事訴訟法第二五六条第二項の、公訴事実は訴因を明示してこれを記載しなければならず、訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法をもって罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない旨の規定に違背し、後述の通り、本件各訴因は、罪となるべき事実を特定して訴因を明示しているとはいえず、適法に公訴事実を記載していないことに帰着するから、刑事訴訟法第三三八条四号にいう「公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとき」に該当する。

(二)いうまでもなく、訴因は犯罪の特別構成要件に該当する具体的事実の主張であり、一方では審判の対象を明らかにする意味で他の訴因との異同を判断するに足る程度に、また他方では、被告人の防禦に支障を及ぼさない程度に具体的に記載されなければならないことは当然である。

しかるに本件訴因は、法人税法一五九条第一項、同法一六四条第一項にいう「法人の代表者、代理人、使用人その他の従業者」に該当する具体的事実を記載せず、且つ、同法条にいう「偽りその他不正の行為」に関して訴因の特定明示義務を怠り、結局訴因自体の特定明示を欠く重大な欠陥をもつに至っている。

(三)〔「実質的経営者」について〕

(1)原判決は、「実質的経営者」は、法人税法第一六四条第一項の「その他の従業者」に該当する旨判示した。

法人税法一六四条第一項は、租税犯の主体を「法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者」に限っている(同法一五九条一項も同様)。

このような身分のない者については、刑法の共犯規定の適用がある場合は格別、租税犯の主体となり得ないことは疑問の余地がない。

右「実質的経営者」となる概念は、企業における所有と経営の分離の程度態様などの如何によって理解、認識を異にするだけでなく、一面きわめてあいまいな概念ではあるが、法人の「代表者」はもとより、「代理人」を指称するものでないことは一目瞭然である。それでは「実質的経営者」が「使用人その他の従業者」なる構成要件に該当するかといえばこれ又該当しないことは多く論ずるまでもなく、明白である。

法人税法にいう租税犯の主体としての、「使用人その他の従業者」とは非経営者として、事業主の事業に従事する者をさすことはあきらかであり、従って、「実質的経営者」と「使用人その他の従業者」という二つの概念は互に相容れず、相排斥する矛盾概念である。

右のように本件公訴事実には、一見明白に犯罪の主体となりえない者が訴追対象者として主張されており「起訴状に記載された事実が真実であっても何らの罪となるべき事実を包含していない」ことが歴然としている。

(2)仮に百歩譲って、本件公訴事実の記載が、刑事訴訟法第三三九条一項二号に該当しないばあいであって、原判決判示のとおり、「実質的経営者」が、「使用人その他の従業者」の概念に包含されると解するとしても、本件被告事件について、一体「実質的経営者」とはいかなる地位の者を指し、いかなる意味内容をもつのか、全く不明である。

被告人が、いかなる身分、地位において本件逋脱行為に及んだということになるのか、被告人において何を防禦すべしというのか、何を争点とすべきかについて全く不明であるといわざるをえない。

とくに、本件は特異な事案である。一方で法人税法第一五九条第一項等所定の「法人の代表者」たる「代表取締役」という業務全般の統括者福島が存在し、且つ業務全般の統括行為をしているに拘らず、右福島は訴追の対象とされていないだけでなく、共犯者という立場にすら置かれていないのに、被告人のみ訴追されているのである。かかる特異な事案において、被告人を処罰しようとするのであれば、「実質的経営者」なるものの具体的内容、被告人の企業における地位・役割、代表者福島とのかかわりなどについて、被告人の防禦権行使が可能な程度に特定し、審判の対象としても具体性を具備したものでなければならない。しかるに原判決は、本件訴因は右に述べたとおり、あいまいでつかみどころのない標本のような、「実質的経営者」なる概念を、それ自体、明らかな概念だと判示する。

しかしながら原判決は、「それ自体明らかな概念である」旨判示するのみで、それがいかなる意味内容をもつ概念なのかを全く明らかにしていない。

訴因制度の趣旨を著しく没却するものであると共に、原判決の違法は明らかである。

(四)〔偽りその他の不正の行為の「など」について〕

(1)原判決は、「売上の一部を除外して公表帳簿に記載せず、これによる簿外利益を偽名で銀行預金をするなど」のうち「など」について、検察官「雑収入、受取利益の未計上をいう」という釈明とあいまって公訴事実は、より明確となり、被告人の防禦に支障がなく、訴因は、特定していると判示した。

(2)しかしながら、いうまでもなく訴因は、できる限り日時、場所及び方法をもって罪となるべき事実を特定明示しなければならない。逋脱行為が「など」の例示をもって許される論拠は全くない。本件訴因が「できる限り…………方法を以て」事実を特定しなければならないという法の要請に反することは明らかである。

三、この章の結論

結局本件起訴状記載の訴因は、審判の対象として具体性を有し、被告人の防禦権の行使が可能な程度に特定したものと法的に評価することは、不可能である。従って本件訴因は刑事訴訟法第三三九条一項二号に該当するか、少なくとも起訴状の重大なる方式違背を理由に(刑事訴訟法第三三八条第四号)公訴を棄却すべきであった。

したがって、原判決が弁護人の公訴棄却の申立を排斥したのは、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続法令違反、法令の解釈・適用の誤りである。

第三章 原判決には、理由を附さずないしは理由不備・理由齟齬の違法がある。

一、原判決は「実質的経営者」に関して次のように判示した。

ユーラクにつき

「被告人安川典江は昭和四二年二月二〇日から同四六年三月八日までは同被告人会社の実質的経営者として、同月九日以降は同被告人会社を代表する唯一の取締役としてその業務全般を統括していたもの」

「ユーラクを設立した際、パチンコ店営業は男の方が押しがきくし、被告人自身対外的な関係をもちたくなかったことから、自己はユーラクの取締役となり、福島を代表取締役とし、これに日常の営業の監督をさせていた。ユーラクでは被告人安川は会長と、福島は社長とそれぞれ呼ばれ、営業の実務は山田和男を支配人としてこれにさせていたが、昭和四三年一一月ころ、山田和男が退職したため、同被告人は代わりに神戸から中野吾市こと辛五坤(以下「辛」という。)を連れて来て、爾来同人を支配人としてユーラクの営業の実務をやらせた。被告人安川は昭和四六年三月ころ東京に転居するまでは、月に一、二回ユーラクの店に来て営業状況を見ており、店の改装をする際には辛から相談を受けて指示し、経理についても、従業員安貞姫(被告人の姪)から毎日のようにその報告をさせていた。」

「売上除外を福島及び安貞姫に指示し、売上除外金を公表帳簿に記載せず、所得から秘匿し、これを銀行預金として留保した。」

毎日商事につき、

「被告人安川は昭和四二年一一月二七日から同四六年三月八日まで同会社の実質的経営者としてその業務全般を統括していたもの」

「パチンコ店毎日商事有限会社を買取るや、自己がその取締役となり、福島をその代表取締役に就任させ、山川起正こと金正洙(以下「金」という。)を支配人とし、同人に同店の日常の営業実務を担当させた。毎日商事でも、同被告人は会長と呼ばれ、岡山に在住しながら店の改装や多額な経費を要することについて福島社長を通じて金に指示し、営業状況は福島社長を連絡役として報告させていた。」「被告人安川は毎日商事を買取るに際し多額の資金を使ったので、右資金を早く回収するため、ユーラクと同様の売上除外金の隠匿留保を企て、これを福島及び金に相談指示し、うまくいけばそれら利益の一部を両名にも与えることを約した。そこで、金は売上金の中から万単位で売上除外をし、これを所得から秘匿し、匿名預金にして保管するほか、被告人安川の指示に従い、公表用の会計帳簿等と公表外の帳簿等をわけて作成し、被告人安川はこれら売上除外金、帳簿類を月に一回、福島に米子から運ばせて受取っていた。」

二、ユーラクについて、

(一)原判決は、安川が「福島を代表取締役とし、これに日常の営業の監督をさせていた」事実、「法人税確定申告を、代表取締役たる福島に命じさせていた」事実を夫々認めているが、右認定によれば原判決は、被告人安川においてさせていたか否かの点を措けば、福島自身、代表取締役として会社業務の統括行為をしていたこと、代表取締役として、その名において自ら税逋脱行為たる確定申告行為をしていたことを明らかに認めたものといえる。

福島が法人の代表者として、逋脱行為の責任を免れえないことはいうまでもない。

そうだとすれば原審は、「もし福島が何らかの形で安川と共同して、その内容の比率はどうなるかわかりませんけど、福島自身もその経営に参画して何らかの行為をし、また逋脱行為をやっているという場合には実質的経営者という概念は必要ないんです。」「実質的経営者という概念が必要なのは福島を処罰できない場合に限ると、裁判所はそういうふうに考えます。」(第三二回公判調書)と、法人税法の解釈・適用に関する見解を示したこととあきらかに矛盾・撞着する立場で、被告人安川を処罰したものである。

原判決はこの点について、明示の判断をしていない。原判決は、このように、一見明白に矛盾する法の解釈・適用をしながら、裁判において何らの理由を示していないということは、「裁判に理由を附せず、又は理由にくいちがいがある」場合に該当する典型といわざるをえない。

(二)次に原判決は、原判決の前示「実質的経営者」に関する認定事実について、これを覆すに足りる証拠はないと判示する。

しかしながら、原審認定事実に添う証拠は、被告人の虚偽自白以外には存在しない。

原判決挙示の、証人福島栄一、同金正洙の公判廷における供述、証人辛五坤の公判廷における供述、原裁判所の証人安貞姫に附する尋問調書などいずれも原判決認定事実と大筋において矛盾する。右各証拠からは、安川が実質的経営者として会社業務全般の統括をしていたものではなかった事実、経営の実質的統括者は福島であって、税逋脱行為も、福島の指揮監督のもとに行われており、安川はたかだか税の逋脱結果を投下資本に対する実質的配当として受取っていたことが認められるにすぎない。

その証拠関係の詳細は、第四章以下の記載を援用する。

右のとおり原判決は、認定事実と明らかに矛盾する証拠を、根拠なくして証拠として挙示しており、理由不備の違法があることあきらかである。

三、毎日商事について

(一)ユーラク同様、毎日商事についても、原判決は、福島が代表取締役としてその業務を行っていた事実、税逋脱行為としての確定申告を、福島が自らの名において自ら行っていた事実を認めざるをえなかったにも拘らず、安川が可罰的であるとの何らの根拠を示さず、安川の責任を認めたものである。

裁判に理由を附さず、もしくは理由不備の違法があることはこれ又明白である。

(二)有罪とする証拠がユーラク同様認定事実と明らかに矛盾し、齟齬するものであることはあきらかである。

ユーラク同様証拠関係の詳細は、第四章以下記述のとおりであるからこれを援用する。

四、原判決は「被告人安川は、………法人税確定申告を、代表取締役たる福島に命じてさせていたものであり……」と認定する。

一般に、虚偽申告を直接行ったもののみが逋脱罪に処せられるだけでなく、逋脱を指示したものも共同正犯(共謀)として同罪に処せられるべきであるとされている。

原判決の前示判示によれば、被告人安川が逋脱罪の共同正犯(共謀)として処断されているのか、(この場合福島が当然実行正犯者と明示されなければならない。)福島が不可罰的であるから、安川は「実質的経営者」として処罰されたのか、法的根拠について何らの判示がなされていない。

この点からみても、原判決は、理由を附さないか、少なくとも理由不備の欠陥判決であって違法たるを免れない。

第四章 原判決には、事実誤認があり、その誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

第一節 構成要件該当性

一、実質的経営者について

(一)原判決の判示事実

原判決は、有限会社ユーラクに関し、『ユーラクを設立した際、パチンコ店営業は、男の方が押しがきくし、被告人自身対外的な関係をもちたくなかったことから、自己は、ユーラクの取締役となり、福島を代表取締役とし、これに日常の営業の監督をさせていた。ユーラクでは、被告人安川は、会長と、福島は、社長とそれぞれ呼ばれ、営業の実務は、山田和男を支配人としてこれにさせていたが、昭和四三年一一月ころ、山田和男が退職したため、同被告人は代わりに神戸から中野吾市こと申五坤(以下申という。)を連れてきて、爾来同人を支配人として、ユーラクの営業の実務をやらせた。被告人安川は昭和四六年三月ころ東京に転居するまでは、月に一、二回ユーラクの店に来て、営業状況を見ており、店の改装をする際には申から相談を受けて指示し、経理についても、従業員安貞姫(被告人の姪)から毎日のようにその報告をさせていた』とし、『同被告人は、昭和四六年三月まではユーラクの実質的経営者として事実上その営業全般を統括していた』と判示し、また、毎日商事有限会社(以下「毎日商事」という)について、『昭和四二年一一月二七日米子駅前のパチンコ店毎日商事有限会社を買取るや、自己がその取締役となり、福島をその代表取締役に就任させ、山川起正こと金正洙(以下「金」という)を支配人とし、同人に同店の日常の営業実務を担当させた。毎日商事でも、同被告人は、会長と呼ばれ、岡山に在住しながら店の改装や多額な経費を要することについて福島社長を通じて金に指示し、営業状況は、福島社長を連絡役として報告させていた』とし、

『被告安川は、昭和四六年三月八日まで、毎日商事の実質的経営者として事実上その営業全般を統括していた』と判示する。

(二)原審における主張・争点

ところで、原審において、検察官は、ユーラク及び毎日の両社について、被告人安川が実質的経営者として各社の業務全般を統括していたとし、次のとおり主張してきた。(検察官冒頭陳述補充訂正書昭和五四年一一月二七日付)

『「福島栄一を形式的に名目上の代表取締役に就任させ登記したうえ、同人には組合の会合への出席などの名目的な業務に関与させるにとどめ、被告人自らがユーラクの業務全般を統括する実質的な経営者となって人事、経理、営業などに関する決定権限の一切を掌握し、右福島をはじめ従業員を指揮命令して同社の経営をとり仕切っていた。」「同会社においても福島栄一を名目上の代表取締役に就任させ、金正洙を支配人として日常的な営業を担当させ、自らは人事、経理、営業面に関する一切の決定権限を掌握して同社の業務全般を統括することによりその経営に当たっていた。」』

これに対し、弁護人は、次のように反論した。(弁護人冒頭陳述書・昭和五五年七月二二日付)。

『一、被告人安川は、検察官の主張する被告会社の実質的経営者ではない。被告人安川が、被告会社の人事、経理、営業などに関する決定権限の一切を掌握し、福島栄一をはじめ従業員を指揮命令して同社の経営をとり仕切った事実は全くない。

被告人は、本件各期の被告会社の法人税確定申告を、被告人の責任においてした事実もなければ、右申告書に、自らもしくは、その指示で代表取締役福島栄一なる証明押印をした事実もない。

被告人安川は、被告会社の出資者として、たんに経理に関する報告を受け、収益を受けていたに止まり、業務全般の統括をする実質的経営者ではなかったものである。

二、被告会社の「実質的経営者」は、名実共に代表取締役である福島栄一であった。

福島栄一が被告会社の、名目上の代表取締役で、名目的な業務に関与していたにとどまるという検察官の主張は事実に反する。

福島栄一は在職中、被告会社の名実共に代表取締役として、人事、経理、営業など会社業務のすべてにわたって統括し、決定権限のすべてを掌握し、全従業員に指揮命令をしていた。

本件各期の被告会社の法人税確定申告も、すべて福島の責任において行い、申告実務も、福島が自ら又は他の従業員をして、行わしめていたものである。』

検察官の主張は、ユーラク、毎日両社の業務全般の統括者は、福島・安川の両者ではなく、被告人安川のみが唯一の、両社の業務全般の統括者であり、福島は名目的、形式的な登記上の代表取締役であって、代表者、社長としての実質的な業務の統括行為は全く行っていないという主張で、換言すれば福島は一従業員にすぎないというのであった。

証拠調べの結果はどうであったろうか。

検察官主張の被告人安川が両社の実質的経営者として、業務全般を統括していた事実は遂に立証されず、弁護人主張のとおり、福島こそが、両社の実質的経営者として、名実共に業務全般を統括し、経営をとり仕切っていたことが証拠上明白となったものである。

(三)ところが、原審判決は、『自己は、ユーラクの取締役となり、福島を代表取締役とし、これに日常の営業の監督をさせていた』とし、少なくとも、福島が代表取締役として、業務を統括していたこと、即ち名実ともに福島が経営者であることを一方では、認めながら判示事実の認定には、到底採用し得ない、後記の各証拠にもとづき、なお被告人を実質的経営者と認定した。

(四)原判決が採用した証拠の分析

原判決は、被告人の自白(検一二一、一二二、一二三など)と福島(四四回公判調書)山川(検一〇四号)の同旨の供述等によって実質的経営者と認定している。

原判決が挙示する各証拠を検討する。

(1)被告人の虚偽の自白調書について

イ、被告人の質問てん末書、並びに検面調書(検甲第一〇八号乃至同第一二五号)は、いずれも、弁護人が原審において、主張してきたとおり(昭和五九年一月二六日付弁護人意見書参照)、検察官の偽計脅迫等により、被告人が心理的な強制を受け、その結果虚偽の自白が誘発されるおそれある場合にあたるものであり、任意性に疑いがあるものとして、本来証拠能力自体否定されるべきものであった。

証拠能力ある証拠として採用されたこと自体違法であると考えるが、仮りに証拠能力があるものとみても、その自白内容が虚偽であり、真実とはおよそ無縁の存在であることは、自白内容自体の不自然さ、一貫性のなさ、不合理性等と合わせ、他の取調べ済みの証拠との対比からも明白である。被告人の自白が信用すべからざる自白であることは明白である。

ロ、被告人安川が、虚偽の自白をするに至った動機と経緯については、被告人の公判廷における供述(第六八回、第八四回公判調書等)並びに被告人の供述書(二)の記載等において、詳述しているところである。

洪文権証言(第六三回公判調書、第六六回公判調書)も、次のとおり被告人の供述を裏付けている。『その時の確認の大事な点は、三年を五年に妥協して修正申告したと、これで告発はされないと、そのことの確認ですね。

そうです。それで、岡山にいる松本税理士さん、名前は間違っているかもわかりませんが、会って質したことがあります。

岡山には、誰と来ましたか。

私一人で来ました。

安川は、一緒じゃなかったですか。

安川と一緒でしたが、税理士さんと会ったのは、私一人だと思います。それで、どうして五年の修正をしたのかと、誰と会って、その告発をしないという約束をしたのかということを問い質したと思います。

それで松本税理士の答えはどうでしたか。

名前を出すのは、勘弁してくれと、絶対に責任のある人だと、五年の修正をすることによって、告発しないという約束をしていると、だから、五年間の修正申告をしたと。しかし、一つおかしいではないかと、法人の代表者が違うのに、安川さんの名前でどうして申告したのかと、安川にすることによって、そういう告発をしないという条件が入っているんだと、本人がそういう話し合いがついているからそれでいいということだったので、私が、横でとやかくいう筋合いのものでもないですから。』、『で、南さんや姜さんは、修正申告すれば告発はされないという見通しについて、楽観的でしたか。

楽観的でした。

そうなると思っていたわけ。

(うなずく)

あなたはどうですか。

私は疑心暗鬼でした。』

洪証人が、いわゆる政治工作によって、起訴を免れる等の方針に、当初から反対であったという立場から、三年の修正申告で済むはずのものが、五年の修正申告を余儀なくされたことに憤慨し、松本清税理士に抗議的申入れをした事実は、被告人が政治的工作等によって、処罰等を免れうると確信していた根拠と事実経過を、きわめて自然に示すものといえよう。

被告人安川において、虚偽の自白をした動機が、政治工作によって処罰等を免れると確信していた為であることを最も有力に証明するものは、松本清税理士を通じて、元大蔵政務次官藤井代議士に、三〇〇万円の政治献金をしている事実である。(弁第八号証、弁第九号証、第八三回公判調書松本清証言等)

当時の三〇〇万円は決して儀礼的な政治献金の額とみることはできない。政治工作によって起訴等を免れる請託のもとに、政治工作資金の一部として、被告人がこれを出損したことは、疑いの余地がない。

とくに注目すべきは、告発ないしは起訴を免れるものと被告人に信じ込ませた張本人の一人である右松本税理士の勧奨によって、その人を通じて同人と昵懇の間柄である藤井代議士に政治工作資金を提供している事実である。

被告人安川が、不起訴を信じ、虚偽の自白を検察庁に於てもなお維持したことは、右一事をもってすれば、何人も首肯しうるところであろう。

被告人安川が、捜査段階において、松本清税理士の半ば脅迫的言辞によって(弁第二四号証)、毎日関係で三〇〇〇万円を右松本に送金し、毎日関係においても、事件は政治工作によって円満に解決するものと信じた事実(弁第二四、二五、弁第一五、一六、一七、第八三回公判松本清証言、被告人の供述等)も、被告人の虚偽の自白の動機の存在を充分うかがわせるものであった。

なお、被告人が虚偽の自白をするに至った経緯の一端として、安貞姫に対して、姜と被告人安川が、国税局の調査段階で、安川がユーラクの経営一切をきりまわし、逋脱行為一切を、福島ではなく安川が行った旨の虚偽の供述をするようすすめられ、そのとおり供述した旨述べている事実(昭和五六年六月二五日安貞姫証人尋問調書)も又、被告人の虚偽自白の動機の存在を推認させるものであった。

ハ、次に被告人の虚偽の自白内容が、客観的事実と明らかにくい違い、変転しており、明らかに取調官の不当な誘導に迎合ないしは威圧されてなされた点である。

例えば検察官は、ユーラクにつき被告人が、昭和四六年度分だけでなく同四四年度分、同四五年度分両期の確定申告すべて被告人の責任においてなし、右両期においては申告書に記載する代表取締役福島栄一の署名押印も被告人自身もしくは被告人の指示で安川がした旨主張し、これに添う被告人の虚偽自白がある。

毎日についても、ユーラク同様確定申告は被告人の責任においてしたものと主張し、これに添う被告人の虚偽の自白がある。

しかしながら、ユーラク、毎日のいずれについても、被告人安川が、確定申告書に署名押印した事実の証拠は皆無である。かえって、福島、山川、安貞姫の各証言によれば、福島が自ら署名押印するか、安貞姫が福島に代わって署名押印したことが明らかである。

被告人安川が、確定申告書に、福島に代わって署名押印していないのは、客観的事実である。

被告人が、確定申告書に自ら署名押印していないのに押印した旨虚偽の自白をしたのはなぜか。

理由は簡単である。すべて福島のやったことは安川一人が実行したことにするという、既定方針のもとに虚偽の自白をしたからに外ならない。それ以外に、してもいない確定申告書に署名したとウソの供述をする理由は被告人には存在しないのである。

したがって、被告人の自白が信用すべからざる自白であることは明白である。

(2)原審公判廷における福島の証言

原審判決は、福島栄一の証言を、実質的経営者と認定する証拠に採用している。

しかしながら、福島証言全体をみれば、窮極のところ、自らが社長業務を遂行し、人事、経理、営業の全般にわたる統括者であることを認めていたことに帰着する。

この点に関連する福島証言は次のとおり。

『そうすると安川さんの方にはどの程度の報告を確定申告をするにあたってどの程度の報告がなされていたんでしょうか。

おそらく安川さんに報告はなかったと思います。』(福島第四五回公判調書)

『そうすると、もう、あなたが個人時代のユーラクをやるようになってからは土建の方をやり、パチンコの方はあなたに任せたと、そういう形になった訳ですか。

任すいうても晩なんかとかにはちょくちょく覗いたり新装開店の時なんかは勿論来ておりました。しかし、まあ、その程度のことで、対外的なパチンコ店の仕事とか、それからお店の中の人事とか、日常の業務とか、これはあなたがすべて取仕切っておった訳でしょう。

そうですね、まあ………

だって、ほかにあなたしかいないでしょう。

パチンコは、やはり先程も申上げた通り支配人の権利はありました。

あなたが少なくとも総括責任者としてやっておった訳でしょう。

ええ、やっておりました。』(右同 )

『で、個人時代のこのユーラクの営業の届出人はあなたですね。

はい、私です。

税金の申告もあなたの名前でしておった訳ですね。そうでしょう。

そうですね。組合員になっておりましたから。』(右同 )

『この個人のユーラク時代に手島さんという娘さんが帳簿、伝票類をつけておって、この時分は、もう、かなり業績が上がって、儲けておった時代でしょう。

はい。

この当時も、そうしますと、税金の申告をする時には、先程もお話のように納税組合の方でAランクの店だから幾ら幾らというふうに言われてそれでまあ、納税をしておったということのようですけれども。

はい。

そうすると、帳簿の上で、このB勘定はB勘定でちゃんと、つけておくと………。

いや、B勘定もA勘定も、その時はありませんでした。さっきも申し上げた丼勘定です。

じゃあ、結局そのAランクにふさわしい税金を払っておくというだけで、実際は収入そのものを全部出して申告しておる訳じゃないですわね。

そうですね。

然し、帳簿にはつけてなかったという訳ですか。その後、有限会社になってからB勘定をつけるような、そういうやり方をしてきたでしょう。

はい、そうです。

そうすると、会社になるまではね、まあ、やっておったことは個社も一緒だけども、要するに、会社になったから帳簿上も或いは記録上もB勘定というのをつけるようになっただけだと、こういうことですか。やってることは同じでしょう。

ええ、それがそのB勘定というのを、僕がそれを知ったのは、米子から結局、山川君が来て、まあ、そういう状態になったと思います。

帳簿につけるのは、山川君が来てB勘定とA勘定を分けることにしたということでしょう。

そうですね。

実際やっておったことは合同遊技場時代から同じように税金は売上全部を前提にして計算をするんでなくて、そこそこ適当にしておいて、まあ言うならばその分は全面的に税金を払ったことになりませんわね。だから個人時代も会社時代も同じことでしょう。ただ、B勘定というような帳面をつけたか、つけないかだけの違いでしょう。

まあ、そうなりますわね。』(右同 )

『金額じゃなくて、やり方としては、法人になったからB勘定というような帳簿というか伝票というか、そういうものを山川が来てつけるようになったけれども、それまでは、そういう帳簿はないけれども、やっておることは個人時代も法人になってからも一緒だということじゃないんですか。

そう、やっておりましたけど、金額のことははっきりわかりません。

B勘定というような帳簿づけのそういう指導というか、やり方を取りだしたのは、これは山川さんが来る前手島さんの時に、もう既にやっておったじゃありませんか。

………………。

手島さんの娘さんの時、まだ、山川さんが来る前、もうB勘定はつけておったでしょう。

ありました。

あったでしょう。

はい。

ですから、あなた、今、法人になってからB勘定というふうにおっしゃったけれども、これは山川さんが帳簿類をきちんと専門家として整備をしただけのことで、まあ、やり方は非常にずさんだけれども、手島さんの時代に既にB勘定というのはつけておったでしょう。

ええ、ありました。』(右同 )

『あなたの仕事の中でそういう外まわりいうか、パチンコ店の代表取締役としてのそういう対外的な仕事、それはあなたのこの代表取締役としての仕事の中でどれぐらいの割合でしたか。時間的というか、労力というか両方ありますけれどもね。つまりかなりの部分を占めておったのか、或いはたとえば三分の一ぐらい?四分の一ぐらい?

そうですね。まあ半分ぐらいです。

半分ぐらいはそういう仕事が…………。

はい。

そうすると組合長の仕事というのはかなり忙しかったわけですね。

まあ、いろいろやっぱりありましたので。』(右同 )

『証人が有限会社ユーラクの代表者をしておられる時に税金の申告について修正申告をされたことを覚えておられますか。

はい。

何年度でしたか。

ちょっとはっきりしませんけれども。

(検察官請求番号一九番法人税決議書綴を示す。)

この中に昭和四二年二月一〇日から四二年一二月三一日事業年度分の確定申告書の正本を見て下さい。

ここに書いてある代表者福島栄一の署名押印はあなたの字ではないですか。

はい、私の字です。

それから経理責任者自署押印欄の福島栄一の署名押印もそうじゃないですか。

はい、間違いありません。

そうしますと、この四二年度に確定修正申告をしたことを覚えておられますか。

そうですね。

同じく検一九号証の中の昭和四三年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度分の確定修正申告書の正本を見て下さい。この代表者及び経理責任者の自署押印欄はいずれも証人のものではありませんか。

はい、そうです。

修正申告をした時期は四三年度分についていいますと昭和四五年九月になっておりますが、この時期に修正申告をされたわけですね。

はい。

これは間違いないですか。

はい。』(福島第四七回公判調書)

『この修正申告をした時、つまり昭和四五年の九月段階ではあなたが、ユーラクの代表者としてこの申告の時も名前を出し、それから実際に対外的には代表者として行動しておられたことは間違いないですね。

はい、それは間違いありません。』(右同 )

『小切手を切ったりするときは、あなたが経理の安田さんに指示をしてやらせておったのか、あるいは自分であなたが判こを押しておったのかどっちですか。

指示ということもないんですけれども大抵支払日が決まっているんですから、一応請求書を私の店からまあ大体一〇日なら一〇日決めているもんですからもう云わんでも安田君一人で自分が判を押してきたと思います。私は判を押した覚えはありません。

安田さんの話だと、まああなたの指示を受けてこの小切手は切っておりました、こういうふうに云っておるんで、まあ馴れてくれば一々あなたが云わなくてもやれるようになったかと思いますが、少なくとも最初のうちはあなたが小切手を切らせる、あるいは手形を切らせるということをやっておったわけでしょう。

そうですね。この時分に米子から山川君が来ておったですから、大体そっちから。

山川の指示でやっておったと思う。

と思います。

あなたも指示することもあった。………。

それはあったと思います。』(右同 )

『あなたは、名目はとにかくユーラクの個人時代、それから有限会社になってからいずれもあなたなりのこの仕事の働きに対して給与あるいは報酬いうんでしょうかね、そういったものを貰う立場にあったわけですね。

はい。

ということはいうなら雇われ社長というか、資本家である安川さんにお金で雇われた代表者であった、こういうことですね。

そうですね。』(右同 )

『ユーラクの関係でいいますと四三年の一月から四六年の二月まで一八〇〇万ほど普通の給料以外に安川さんのほうから貰ったことがあるというようなことになっておるようですが、大体のところそうですね。

はい、いただきました。』(右同 )

『両方いいますと安川正朗の時代から安川に尽くしてきたそのことと、有限会社ユーラクになってからのあなたの働きに対する報酬の両方として貰っておった、こういうことですか。

そうです。』(右同 )

『資本とか経営とか御存じでしょう。資本あるいは資本家これは御存じですね。

知っております。

それから経営者、これが別だということは御存じですか。

…………。

別な概念というか、資本家と経営者は必ずしも同じ人がやらなくても分離することがあるのは御承知ですね。

はい。

大きな企業なんかみなそうですわね。このユーラクという会社ではあなたがいた時分のことです。あなたは先程のお話で資本家ではないしお金を貸付けたりしたことはない、こういうことですね。

はい。

そうしますとまあ俗にいえば資本家から依頼を受けて形は代表取締役ですが、つまり言葉は悪いけれども雇われた経営者という立場になるんじゃないですか。

そうですね。』(右同 )

『いや有限会社になってからもパチンコの景品をその関係筋から買ってその本来ならたくさん買えば安く買えるところを高利の値段で買うとか、そういうふうにして実際に儲けさしてやったこういうことですか。

はい。

じゃユーラクの場合は福島さんが地元におられていろんな役もしておられた関係であなたがそういう渉外的なことは自分で判断してやっておられたんですね。

それから安川正朗とそのあいての方と親しい点もありまして…………。

そんな仕事は典江さんのほうはできませんわね、暴力団対策ということは。

そうですね。

もっぱらあんたの仕事になってくるわけでしょう。

そういう為に経営者が私です。』(右同 )

『税理士がユーラクに来て、それであなたが申告書に署名したということが、あったんですか。

さあ、それははっきりわかりませんけれども私も、その来てか、事務の方がサインしてくれといってしたか、それははっきりちょっと覚えがありません。

ユーラクも毎日商事もいずれも安川典江自身が署名したことはありませんね。

ありません。

ただの一度もない。

はい、ありません。』(右同 )

右証言の示すとおり、福島こそが、ユーラクの個人時代から、法人化した後まで、一貫して名実共に実質的経営者として、パチンコ店ユーラクを切り回していたこと、ユーラクの所有者であり、出資者である被告人安川は名実共に経営の統括者ではなかったことが明白である。

毎日についてはユーラク以上に被告人安川が実質的に経営に関与せず、福島が山川を指揮監督して業務全般をとり仕切っていたこともまた明らかである。確定申告書に署名押印をせず、税務申告に関与しない実質的経営者になるものは存在しえない。

したがって、右福島証言から、原判決の如き結論を導き出すことは不可能である。

かかる証拠評価の誤りが、重大な事実誤認の結果をもたらしたものである。

(3)原判決は、山川起正の原審公判廷における証言を証拠として採用しながら、被告人の虚偽の自白に添わない証言部分(第四八・四九・五〇回各公判調書)については、これを無視した。

しかしながら、次の山川証言はどうして無視できようか。検察官申請の山川証人が、法廷において特段の事情もなく虚偽の証言をしたとはとうてい考えられない。

『安川会長が年に二、三回お見えになるというお話でしたけれども来られた時はどのようなことをされていたんですか。

大体あんまり知らんじゃないですかね。

知らんじゃないですかねということは………。

やっぱし社長のほうがこの業界では詳しいし、古いしね、会長のほうは経験が浅いからわからん点が多かったんじゃないですか。』(山川起正第四八回公判調書)

『で、税務署のように確定申告をなさる際には代表取締役は福島栄一さんになっておりますんで、福島さんが署名して印を押されてそれで出していたんでしょうか、それとも違うんでしょうか。

やっぱしそのように思っていますけど。

そのようにといいますと。

そのようだったと思います、本人が捺印して、………。

本人というのは福島さんが。

そうです。

直接捺印なさって。

ええ。

署名のほうは福島さんがされていたんですか。

その当時の決算書類を見たら大抵福島社長の筆跡だと思いますけど。

(証拠等関係カード記載の検察官証拠番号七〇、法人税決議書を示す)

これは毎日商事のほうで税務署に提出された書類の綴りなんですけれども、その中の、昭和四二年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度分の確定申告書を見て下さい。この左の上のほうにある福島栄一の名前あるいは河本明の名前などを見て下さい。この辺りは誰がこの名前を書いたものであるかわかりますか、この申告書を見ただけで。

それぞれ本人だと思います。

この福島栄一の字も福島さん本人の筆跡みたいですか。

そうですね。

福島栄一の横に押されてある印鑑ですけれども、これは見覚えがあるものですか。

はい。

福島さんが当時持っておられた印鑑の印影ですか。

まあ持ってなかったら押さんと思いますが。

この福島栄一の下の経理責任者自署押印欄の河本明の名前ですけれども、これはどうでしょうか。どなたかが代筆されたもんか………。

やっぱし本人でしょう。

河本さん本人が書いとられるみたいですか。

はい。

次に同じ綴りの中にある昭和四五年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度分の確定申告書を見て下さい。同じような質問をいたしますけれども、この左上の欄にある福島栄一あるいは山川起正、この筆跡はいかがですか、まず福島栄一のほうはどうですか。

これはやっぱり本人でしょう。』(右同 )

『ユーラクでは、あなたが赴任した時、つまり、四一年の夏ごろ、既に、売上の中から一部は別にしておくと、税金の申告の時には、度外視して申告するというやり方をしておったんじゃないんですか。福島栄一さんの時代ですが。

はっきりそうだと言って断言出来ないんですけど。

けど、しておったかもしれないということですね。

はい。

少なくとも安貞姫さんに、あなたが帳簿あるいは、経理のやり方を指導した際に売上の中から、一部別にしておくやり方ですね、いいか悪いか別にしても、そういうやり方については、あなたが教えられましたね。

そうです。

それは福島栄一さんが、あなたが米子からユーラクに行く前に、既にそういうやり方をしておられて、あなたも帳簿付けとか伝票の整理の仕方とか、そのまま指導されただけじゃないんですか。

そうです。

あなたがユーラクにおられる間に、法人になったことを覚えておられますか。

はい。

有限会社になってからは、特に、この帳簿などは、整理をする必要があるわけですがそういうときの帳簿の付け方なども、山川さんが安貞姫さんにご指導願ったとこういうことですね。

そうです。』(右同 )

『しかし、お勤めになってから何か月か経ってくれば、実際店の持ち主は、安川のほうで、社長の福島栄一さんは、言うなら、雇われている社長だと、こういうことがわかったんでしょうか。

そうです。

安川さんが、毎日商事を四二年の暮れに買い取りましたね。

そうです。

買い取ったのは、安川であって、福島栄一さんでないということは、ご承知でしたね。

ええ。

毎日商事のほうも、福島栄一さんは、雇われ社長だということになるわけですね。

そういうことです。

あなたは、毎日商事のほうの総支配人になったと、こういうわけですね。

そうです。

あなたがユーラクにおられたのは、四一年の夏から翌年四二年の一一月の末ごろまで一年数か月ということになりますが、その間、ユーラクのほうの、日常の人事といいましょうか、人を雇ったり、辞めさせたりすること、それから経理・営業あるいは渉外、そういうことはいわば雇われ社長の福島栄一さんの統括の下に、あなたが補助をしておったと、こういうことになるわけですね。

そうです。

福島さんは、あなたがおられたころ、どこに住んでいましたか。

ユーラクの隣だったと思います。』(右同 )

『あなたがユーラクに赴任されてからは、お隣に住んでいた福島さんは、原則としては、毎日出社するわけですね。

そうです。

社長の福島さんの机・椅子も、ユーラクの中にあったわけでしょう。

そうです。

売上のことなんかについてあなたにいろいろ指導したり、指示をしたりしましたか。時々ですか。

そういうことはお互いに、話合いで決めてました。』(右同 )

『あなたが毎日商事のほうに行かれてから後は、あなたのお話だと、日常の業務の運営については、あなたが総支配人として任され、人事とか営業とか経理とか、全般的にみておったと、こういうことでしたね。

そうです。

そうすると福島栄一さんは社長として、月に一回は、店に来て監督がてら、お金を持ち帰る、それから仕事の状態がどうか点検に来るといった程度の仕事ですね。

はい。』(右同 )

『お店の持ち主、つまり株をみんなもっていて、会社が使っている不動産も、みんな持っているということは、おわかりでしたね。

そうです。

そうすると、ユーラクに関して言うと先ほど、私が申し上げましたように、会社の持ち主あるいは株主というのは、安川典江であって、実際会社の経営を雇われて担当しているのは、福島栄一さんだと、こういう間柄になるんじゃないでしょうか。

そうです。

あなたは福島栄一さんの下で、仕事をなさったと、こういうことですね。

はい。

あなたは、ユーラクの取締役でもなかったですね。

はい。

そうすると、純然たる使用人ということになるわけですね。

そうです。

あなたは、法律の専門家じゃないからもちろん、おわかりにならなくてもいいんですが、ことば使いの問題でいいますと、安川さんというのは、ユーラクでは、ユーラクの会社の持ち主、また、株主、それから福島栄一さんが代表取締役で会社の運営をやっておる、つまり資本家、所有者とそれから実際の会社の経営者、そういう関係になるわけでしょう。

そうです。

その前、安川さんが、ユーラクの経営者というようなことを、ちょっと言われたように思いますが、あるいは、実権者というふうな言い方をする場合もありますが、その使っている意味は、別に、法律的に、あなたが検討して使っているわけじゃないですね。

そうです。

今、あなたが安川と福島栄一さんとの関係について、認識しておられることをお述べになった、つまり、そういう安川の存在というか、立場、つまり、お店の持ち主であり、株を全部持っていると、不動産も全部持っていると、つまりそれを実際経営者あるいは、実権者とこういうふうに指して言われたと、こういうことですね。

そうです。』(右同 )

『(検察官請求証拠番号七〇法人税決議書を示す)

これは毎日商事の税務署に対する確定申告の申告書ですね。

はい。

これはいずれも、前にご証言がございましたが、代表者の福島栄一さんの署名、それからあなたの署名などがあるわけですが、安川典江の書いたものというのはございませんね。

そうですね。』(山川第五二回公判調書)

『安川典江には直接あなたからそういう税金の金額とか数字のことを報告することはありませんね、あなたは福島さんにするわけでしょう。

そうですね。

というのは安川はあなたからそういう話を直接聞いたことはないと、こういうふうに言ってますんでね。そういう報告を直接安川にしたことはありませんね。

まあ、そうだと思います。』(右同 )

『その後、四一年の夏ごろから四二年の一一月ごろ米子へ移るまでの間を除いて、ということは米子へ行ってから、安川さんのお宅にあなたが直接出向いて行かれたことはなかったんじゃないでしょうかね、岡山にいるときは別として、あるいは倉敷にいるときは。

そうですね、あんまりなかったんじゃないですかな。

安川本人の記憶ですとね、米子へ行かれてからは自分のところに来てないはずだと、こう言いますのでね。

多分そうでしょう。』(右同 )

『米子の毎日商事を安川が買い取って安川のほうからあなたなり福島さんになんとかすこしでも早く元が取れるようにといいますか、あるいは投下した資本の回収ができるようにお願いしますという話があったことがございますね。

ええ、まあその当時オーナーでしたら全部そんなもんじゃないですか、その当時のことですから。

だからそれはオーナーとしてすこしでも早く元を取りたいというのは誰しも考えることですが、つまりそういう意味であなたなり福島さんにお願いをしたというのは、その皆生温泉での話しじゃなかったんですか。

まあ、そんな話もでたでしょうね、めったに会うこともないものですから。

その席上、安川のほうからそのために売上を除外してくれとか、つまりそんな露骨な話というのは出てないでしょう。

まあ大体一般常識じゃなかったでしょうかな。

当時は。

はあ。

とすると改めて、あなた方の仕事について、なんとか頑張って早く投下資本を回収できるようにしてほしいということを言うたのはわかるんだけれど、その売上を抜いてくれとか、具体的にそんな税金の話とかをしたわけじゃないでしょう、その時は。

まあそういう話はあからさまにする人もないでしょう。

安川自身があなたが米子へ行ってから後、特に税金のことについてあなたに話をしたという記憶はありませんね。

まあ税金関係………、私としたら社長に直接ということですのでね。

税金の話は社長に言えば事が足りるわけですね。

ええ。』(右同 )

『ところで四四年の一一月か一二月ごろに毎日商事のほうから二〇〇万を安川典江に渡すようにして、あとは経費とかあなたの収入にしようというそんな話が出たことがありますね。

なんかそういうこともありましたね。

その話は福島栄一さんつまり社長はあなたのところに来られた時に、あるいはあなたが岡山に来た時に福島さんに会われたか、そのいずれかの時に福島さんのほうからね、あった提案ではないでしょうか、ないしは福島さんからそういうことが持ち掛けられたんじゃないでしょうか。

まあそのへんははっきり今は記憶してないんですが、なんかそういうことはあったのはあったんです。誰から聞いたということは、はっきり覚えてません。

といいますのはね、四四年の一一月か一二月ごろその話が出たとしますとあなたがもちろん米子へ四二年の一一月ごろ行っているわけですから米子へ行った後ですね。で、先程のお話のように米子へ行ってからは岡山の安川宅には行ったようなご記憶はないと、まあさっきおっしゃいましたね。

(うなずく)

安川も米子へ行かれてからは自分のところには来てないというふうな記憶なもんですから、安川のうちで今の二〇〇万月々安川に渡すという、そういう話が出るはずがないと思うんですが、その点いかがですか。

…………。』(右同 )

『社長の福島さんは概ねユーラクの会社か自宅にいたわけですか。

そうです。

福島社長がいなければ、どなたか代わりの………。

まあその時はせなんだです。

安川典江の話だとね、あなたからそういう毎日商事の日々の売上のことについて電話をもらったことは一度もありませんとこう言うてるんですが、安川自身にはしたことないでしょう。

そこまでする必要ないんじゃないですか。』(右同 )

『それから売上を除外してそのお金を預金したりあるいは現金で持っていたりするそういうことについて、これは毎日商事の関係では社長からあなたに任されておったわけですね。

そうです。

そうすると預金通帳を誰の名前で預金をするかあるいはどこの銀行にするか、そういうことはあなたのご判断でしておられたわけですか。

そうです。』(右同 )

『先程の月光ラインという新しい機械を入れた時ですが、この時あなたはご自分のほうから提案されたんですか、それとも福島さんからですか。

あの時は月光ラインが出はじめて間がなかったものですから、はたしていいもんか悪いもんかということを相当遊技場としては関心が強かったわけです。それで、私自体もそうなってくれたら従業員は助かるし相当メリットがあるもんだと思っておって、いろいろ会うた時はそういう話もしてましたから、まあいつでしたかはっきり覚えんのですがほんならこの際踏み切ろうじゃないかというようなことで始めたと思います。

あなたはその話を直接安川とはしておりませんね。

あの時は確か安川さんも米子に見えられたと思います。工事かかる時、業者と一緒にね。

それはこういうふうにやることが決まったあとですね。

決まってからです。

ということは、安川が言うにはこれも福島さんからそういう報告は受けたことがあるということだったから、具体的に事を進めるのは直接的にはあなたと福島さんがご相談しておやりになったということですね。

それはまあそうでしょう、そういう方面は大体どこでも中の営業責任者が大体やるもんですからね。

まあそういうことをやるについてオーナーである安川典江はこれはお金出してる関係上当然関心がありますわね。

そうです。

だからそれは報告は受けるということになるんでしょうが、そういうことを今の時期やったほうがいいのか悪いのかということはこれは経営しているほうのあなたなり社長なりの判断ということでしょうね。

そうです。

社長の福島さんはそういう営業サイドの収益をあげるということに関してかなりあなたにいろいろ意見は言われましたか、考えは。

…………。

こうしたらどうやろうかというようなね、つまりそういう提案はあんまりしませんか。

やっぱり社長だからなんかあったんじゃないですかね、はっきり記憶はしてませんけど。

いずれにしろあなたは米子の毎日商事の店に関しては福島社長の業務に関する統轄のもとに総支配人として任されて業務をやっておられたと、こういうことになるわけでしょう。

そうです。

そこに金主というかオーナーである安川典江がいろいろ関心を持っておってあなたから社長の福島さんに報告してることはさらに福島からオーナーに話がいっているはずだとこういうことですね。

そうですね。

そうすると福島さんとあなたの関係は今お述べになったような社長と総支配人という関係だし安川さんはオーナー、お店の持ち主として福島さんに経営のことを任せておったと、そういう三者関係になりますわね。

そうですね。』(右同 )

右山川証言の内容を、排斥しなければならない事由は何ら存在していない。

右山川証言によれば、弁護人主張のとおり、ユーラク、毎日のいずれについても、福島こそが、代表取締役として業務全般をとり仕切っており、安川は店の所有者、資本家の意味あいにおいて、「経営者」と認識されていたにすぎないことが明瞭である。

原判決は根拠なく右山川証言の主要な証言部分を無視したが、もとより右山川証言を前提とすれば、原判決の、被告人安川が、実質的経営者として両社の業務全般をとり仕切ったとする立論が、音を立てて崩れ去るからに外ならない。

(4)山川起正の検面調書(検第一〇四号)について。

原判決は、山川の検面調書を証拠として採用した。

しかしながら、右山川の検面調書の内容が法廷において宣誓の上証言した内容に比して、特に信用できるという根拠は全くない。

右証人の検面調書作成時においては、山川は毎日関係の被疑者であったため、捜査官に迎合的に、客観的事実に反し、福島が名目的代表者で、被告人が実質的経営者として、すべて業務全般をとり仕切ったという、荒唐無稽の供述をするに至ったものである。

山川の検面調書は、真実と全く相反する検察官の作文にすぎない。

法廷での証言について、山川証人が次のとおり述べていることからも、証言と相反する検面調書の内容が、信用すべからざるものであることは明白である。

『今回法廷でお述べになっていることは特別事実を曲げる必要もないし記憶に従って正直に述べておられるわけですね。

そうですね。』(第五二回公判調書)

(5)原判決は、中野(辛五坤)証言(第四三回公判調書)、安貞姫証言(五六・六・二五証人尋問調書)を証拠として採用しているが、これらの証拠を詳細に検討すれば、弁護人の主張を裏付けることはあっても、判決の事実認定を裏付けるものとは到底なしえないものである。

中野(辛)証言

『福島というのは、名前は何という人ですか。

当時そこのどういいますのか、経営者になって………。

福島栄一さんという方ですね。

そうです。』

『そうしますと、あなた以外の従業員の雇い入れとか、解雇ですね、あるいはパチンコプロがおりますんで、それに対する対応、こういうものを含めてすべてあなたの責任でやってくれという話だったわけですか。

まあ大体総責任者というのはだね、そういう形のものをしていくのが総責任者です。

もちろん釘の調製、これもあなたにおいて、責任を持ってやってくれということだったわけですか。

そうですね。

その話は安川さん、福島さんの両名からあったということなんでしょうか、それともどちらか一人からあったということなんでしょうか。

そうですな、もうはっきり記憶ありませんけれども、当時はいわゆる福島栄一さんからあったと思います。』

『さて、それであなた自身がいわゆる店の総責任者という立場でユーラクで働いておられたと思うんですけれども、たとえばあなた以外の従業員の人に対する給与の決定ですね、この人物については月額いくらぐらいがよかろうというようなことは、それもあなたが自分で決め手おられたんですか。

最初はだね、福島栄一さんの了解を得て、決定しましたな。

一番最初のころは。

はい、私のはいった当初は。

それが次第にかわったんですか。

次第にかわってきまして、時間が経過しまして、私が自由に決定できるようになりました。』

『さて、あなたがユーラクで働いている当初の出来事なんですけれども、福島さんのほうは、お店のほうに毎日のように顔を出されておりましたか。

ええ、出していましたな。

福島さんの自宅はお店の近くだったんでしょうか。

うん、隣です。

福島さんはお店ではどのようなお仕事をされておりましたか。

まあ当時どう言いますのかな、事務所のね、上がりまして、それからパチンコといえば同業者がおるからだからね、ユーラクと同業者の状況を見て歩いたりそういう内容だと思いますよ。

いわゆるお店の営業関係ですね、従業員に対する関係とか、釘の調製とかパチンコプロの対策というのは、あなたが責任をもってやっておられたわけですね。

あとでね、そういう形にかわっていますわね。』

『会長の安川さんはお店にはどれぐらいの割合で来ておられましたかしら。

あんまり顔を出してないですなあ。

たとえば一ヵ月に何回ぐらい、平均的なものになりましょうけど。

平均といえば、月一回か二回ぐらいでしょうな。』

『で、安川さんが月に一回か二回お店に来たときに、どんなお仕事をされてたんでしょうか。

仕事は別にね、してないですよ。いわゆる来られるとだね、外観から店をのぞいたり、店の状況はどうだと私と会話を交わした程度です。

店の状況はどうだというのは、店の売上状況はどうかと、つまり儲かっているかどうかですね、そういうことを大雑把に聞かれる程度だということですか。

うんまあそういう問題じゃなく、お客さんはおとなしいかとか、お客さんはようはいっているかという程度ですな。』

『そうすると、福島さんがいるときには安川さんは月に一、二回岡山にいる間、店に立ち寄ることはあったけれども、仕事のことはもう実際、福島さんとあなたとでやっておられたというふうにお聞きしていいんでしょうか。

そうですね。

日常業務は。

はい。

つまりパチンコ店の経営ということからいうとお金を誰が出してるか、出資を誰がしているかは別として店の業務でいうと、福島さんがいる間は福島さんがまあ社長として店を取り仕切っておったということにはなるわけですね。

ええ、私が行った当初はね、事実そうでしたね。

途中から結局福島さんが会社をやめていって、独立されたか何かでおやめになって、店へ来なくなりますわね。

はい。

まあ、それより後のことは別ですけど、福島さんがいる間は、今あなたがおっしゃったように、福島さんが大体ユーラクのことは、あなたと一緒に経営しておったということになるわけですね。

うん、そうですな。』

『あなたが直接見た範囲内では、どんなことをしてた、事務所へ来て安川は。

うん、何もしてなかったですよ。ただ私とね、いわゆるあれですわね、頑張って下さいとかだね、まあそれだけです。

それを聞いてあなたこの人は何しに来てるんだろうと思っていましたか。

何しにいうて、まあどういう形であれね、どう答えたらええのかね、まあ本人のあれはわかりませんよ、もう私らがいわゆるそういう形になってもだね、自分の店だとか、いわゆる金のはいるところであれば私らだって顔を出しますよ、なんらそういう面は顔を出して当然と違いますか。』

『そういう売上げの関係などはあなたが任されていたというのが実情なんでしょうか。

私がはいった当初はだね、福島さんからなんぼうなんぼうということがありましたけれどもだね、あとはそれに対して、いわゆるそういうふうにあれされたんではこちらのあれがやりにくいからやめてくれと言って、やめてもらいました。』

安貞姫証言

『福島さんは、具体的には、どんな仕事をされておったんですか。

お客様の接待、それからお店での社長としての仕事をやっておりました。

福島さんの自宅は、ユーラクのすぐ近くにあったわけでしょう。

隣です。

具体的に、店に来られてどんなことをするんですか。

朝、事務所に来て、大体一回お店を見ます。それからお店から事務所に上がって来て、事務所でしばらく事務的な用事の説明とかそれから大体、事務所におります。

店のほうには、あまり出られないわけ。

出るんです。朝、お店を見ましてそれから事務所に上がってきて、しばらくしてまた、お店を見るとか。

お店を見るというのは、具体的には、どんなことをされておったんですか。

そこのところは、私はついて歩いたわけじゃありませんから、どういうことかわかりません。

たとえば、従業員の監督とか、あるいはパチンコプロの排除というんですか、そういうのは、支配人の山田さんなり中野さんが直接的にはされていたわけでしょう。

はい、でも目にあまるとか、そういうあれはこういうふうにしたほうがいいんじゃないかとか、そういうことは言ってたと思います。

言ってたと思うんですか。

言ってました。

あなたのお仕事の経理関係で、福島さんが何か、口出しをすることがあったんですか。

口出しというのはどういうことですか。

指示ですが。

指示はしていただきました。』

『安川さんのことについて聞きますが、四六年の三月より前の時点では、お店のほうにどのくらいの割合で顔を出しておられましたか。

あんまり、顔は出してなかったです。

月に何回位ですか。

月に、何回もなかったです。

安川さんは、四六年三月に、東京のほうに移られておりますね。

はい。

それまでのお住まいは岡山市内のほうでしたね。

そうです。

で、全然顔を出されんのですか、数か月にいっぺんぐらいですか。

そうです、たまにしか来られませんでした。

来られたときには、どのようなことをされておったんですか。

直接来ましても、私と会うとか、そういうあれはなかったもんですからどういうふうなことをしてたかというのは、私にはわかりませんけど。来ましたらこんにちはと言って事務所に顔を出すぐらいです。』

『これは何ですか。

ボーナスの金額だと思います。

四五年一二月分の従業員の方に支払ったボーナスですね。

はい。

それをあなたのほうで一覧表を作られたわけですか。

いえ、四五年のときは、一応、マネージャーが従業員の名前を書きまして、大体金額を、こういうふうにしたほうがいいという希望を書きまして、それを社長が見て、大体話が決まった時点で、こういう紙をいただくんです。それを私がこういうふうに表に作ったんです。』

『五万円取ったというのは、何で取ったんですか。

今まで習慣として、そういうふうにやってましたので、やってたとおりにやったんです。

あなたが勝手に、五万円なら五万円を取るということを決めるんですか。

いえ、違うんです。

どなたが決めるんですか。

社長がいるときには、社長が決めるんです。

社長といいますと、福島さんですか。

はい。

あなたに直接、いうわけ。

はい。

たとえば、六月一日の日は、五万円をのけておってくれと、こう言われるわけですか。

はい。

社長がいないときは。

いないときはあくる日とか、そのときに言われるわけです。大体夜とかに売上げの報告をするわけなんです。そのときにきょうは五万円とかそういうふうに言われるんです。

もっぱら、社長の福島さんが言われるわけですか。

そうです。』

『安川典江さんのほうから、この日、いくら抜けという指示があって、それであなたがこういう具合に、赤のボールペンで抜いた金額を記入されていたわけではないんですか。

ずっと、そういうふうにやってましたけど、叔母のほうからはないです。

あなたは前に、広島の国税局の係官からこのメモを見せられて、質問されたことを覚えておられますね。

はい。

そのとき、どうお答えになっているか、覚えていますか。

私が、安川典江に言われて書きましたと言っております。

当時、国税局の方からそう言われてあなたが答えたわけ。

はい、でも、事実は違うんです。

広島国税局の係官の方には、今、あなたが見せているメモですね、特に、この大きなメモですが、これは、安川さんから指示を受けて、私が書きましたと、言うとったわけですね。

はい。

それは事実と違うわけですか。

はい。

国税局の人に、なぜ、嘘のことを言ったの。

そのときには、そういうふうに言いなさいと言われたもんですから。

誰からですか。

商工会に姜さんと言われる方がいたんです。その方と安川典江さんと、二人で、国税局の方とお話する前に、そういうふうに言いなさいと言われたんです。

事実と違うようなことを言いなさいと、こう言われたわけ。姜さんと安川さんの二人から。

はい。

すると、福島さんがおられるときには、福島さんのほうから、具体的な金額を指示され、福島さんがいなくなってからは、あなたが独断でやられておったということですか、別にするお金については。

そうです。』

『すると、そのお店の売上げ金は、どのような形で管理しとったわけ、たとえば、六月一日の売上げ金は、どのようにして保管しておったんですか。

金庫に入れてました。

お店の二階ですよね。

はい。

鍵は、誰と誰ですか。

私が一つ持っていて、もう一つは、金庫の中に引出しがあるんです。その中に入れておったんです。

まず、開けようと思ったら、あなたの鍵で開けないと仕方がないわけ。

私がいるときには私の鍵で、いないときには社長に預けるんです。

安川さんは、鍵は持っておられないの。

持ってなかったです。

すると、お店の上げ金として、今の例で言いますと、五万円は、別にしとけということでしょう。

はい。

別にするお金と、売上げ金とは、全部金庫の中に入れるわけですか。

はい。

そして抜いた五万円というのは、最終的にはどうするんですか。

銀行の方が来ましたら渡すんです。

どこの銀行の方が来られるわけ。

二つの内の一つです。

どこの銀行ですか。

朝銀水島支店です。

朝銀水島支店の方が取りに来るわけですか。別にしとった金については。

そうです。

それ以外の抜いてないほうのお金はどうされるわけですか。

それも別の銀行に出すわけです。

別々に管理しとったわけですか。

はい。』

『今示してるメモについては、あなたが前からの引継ぎといいますかね、あなたの言われることによれば、山川さんが従前書いていたので、それにならって書いたということになりますね。

はい。

で、具体的な、いくら別にせえというのは社長の福島さんから言われて書いたということですか。

はい。いない時とかそういう時には私が独断で書いたこともありますけど。』

『ところであなたに指示がなければ、そのほかには誰に指示がいくんですか、たとえばあなたが店にいないような場合ね、売上げの計算をされるのは誰がされるわけですか。

私がいなくて、誰もいない時には社長自体がやったこともありますし、山川さんがいる時には山川さん、で、手島さんていたんですね、その方がずっと前古い方でやってた方がいたんで私がいない時にたまに手伝うこともあったんです。

ただどちらにしても、あなたがやられるのと同じ要領でやられることは間違いないわけですね。

はい、そうです。』

『この表は、あなたが書いたものですか。

はい。このボールペンで書いているのは。

ボールペンで書いてる部分はあなた。

はい。それで鉛筆書きのほうは社長の字みたいですね。

社長というのは福島さん。

はい。』

『その金銭出納帳はあなたが作成されて、誰に渡しておったんですか。

…………。

あなたが保管されておったわけじゃないでしょう。

はい、一応社長に渡すんです。

それがどうして安川さんのほうにいっとったんですか、わかりますか。

私はそこのところはわかりません。

あなたこの金銭出納帳は安川さんから命ぜられて書いたんだと、安川さんがユーラクに来た時に書いた上で、それを安川さんに渡したんだということを国税局の係官の方におっしゃったことはありませんか。

あります。

あるんですか。

はい。

それも先程と同じようにそう言いなさいと言われたわけですか。

はい。

誰からですか。

その時に先程言いました商工会の姜さんと安川典江と二人で。

どうしてそんなことを言えということだったんですか。

そういうて言えば別に何も心配することもないからそういうて言えばあんたはそれでいいんだからと言われたんです。』

『例えば申告書は税理士さんのほうで書いていただいて、法人の代表者が署名なりするんでしょう。

はい。

誰がしておりました、知っておりますか。

署名ですか。

うん。

それは社長がやって………。

自から。

はい。自からやっていました。

(検察官請求証拠番号一九番、法人税決議書を示す)

この決議書を見てほしいんですが、この中の四三年一月から四三年一二月末分の事業年度の確定申告書というのがあるんですがこれを見て下さい、ここで法人の代表者として福島栄一というペン書きがあって、福島の印が押されておりますね。

はい。

これは福島さんの字ですか。

これは福島さんの字じゃないです。

誰の字ですか。

私の字かもわからないですけど上の平仮名は私の字じゃないんですけど、漢字は私の字だと思います。

じゃあなたは結局申告書に名前を代筆というんですか、書かれたことはあるわけですね。

あります。

印鑑は誰が押したんですか。

社長です。

やはりこの決議書の中にある四四年一月一日から一二月三一日分の確定申告書がありますね。

はい。

この福島栄一という字は福島さんの字ですか。

社長の字です。

次に四五年一月一日から一二月三一日分の確定申告書がありますね、この福島栄一の字はどなたの字かわかりますか。

社長の字だと思います。』

『あなたは小切手を支払いのために自分の判断で切ったの、それとも社長のほうから、あるいはその他の人から言われて切ったの。

当然、社長に。

社長というのは、福島社長ですね。

はい。

社長以外の人から言われて切ったことはどうですか。

ないです。

山川さんがいるときは、

山川さんがそういうことは全部やっていました。』

『あなたのボーナスなんかは、誰が決めてたんですか。

社長が決めてたんです。

ほかの従業員に対して、給料を渡したり、ボーナスを実際に渡したりする事務は、誰がしてたんですか。

社長が渡すんです。

あなたが社長から言われて、従業員に渡すこともありますか。

あります。』

『出納帳は安川さんのほうにお渡しになっておったんじゃないんですか。

私がですか。

はい。

いえ、違うんです。

そういう点も先ほど来、話の出ている、姜さんという方から、安川さんに渡しておったように言いなさいと、国税局の係官にそう言われた記憶がありますか。

そういう具体的なことでなくて、ただ、何を聞かれても社長から言われて、全部やったといって言いなさいと、そう言われただけです。

社長というのは、福島さんでしょう。

社長じゃなくて、叔母からです。

そう言われたということですか。

はい。

じゃあ、国税局の係官のお調べがあったときには、あなたとしては、たとえば、その金銭出納帳についても、福島さんのほうじゃなくて、安川さんのほうに、渡していましたという供述をなさっているんですか。国税局の係官に対しては。

このメモについてですか。

はい。

言っていると思います。』

『それからユーラクの金庫の鍵の件ですが、二階に金庫の鍵があったことは間違い有りませんね。

はい。

鍵は、いくつありましたか。

二つです。

誰と誰が持っていたんですか。

一つは金庫の中にいれておりまして、もう一つは、私が持っていたんです。

その点について、国税局の係官の方から聞かれて、金庫の鍵のことについて、何と答えたか覚えておられますか。

二つを叔母と私とで持っていると言いました。

しかし、違うと、こう言われたわけ。

はい。』

『国税局から事情を聞かれて、あなたが調書にとってもらった内容は、これは先ほどのお話だと、叔母さんから指示をされて、そういう帳簿を付けたり、あるいは、売上げ金の除外をしたりしておったように、すべて、叔母さんのせいでやったようにしとけと言われて、そういう趣旨の供述をしたわけなんですね。

はい。

それは間違いないね。

はい。

そうすると、この質問顛末書に書いてあるのは、ずい分、でたらめになるわけですね、たとえば、叔母さんが東京へ行ってからは、毎日の売上げ金額を報告して二~三日経って、メモに書く数字を電話で教えてくれたうんぬんというようなことが書かれてあるんですけれども、これについては、全く、事実と違うんですか。

はい。私がやってましたので、別に指示というのはなかったわけです。

そういうふうに言っとけと、売上げ除外なんかについては、誰かに教えてもらったんじゃないの。

それは姜さんがそういうふうに言いなさいと言ったもんですから。

結局、そういうことはあなたの思いつきで言ったことでなくて、姜さんがそういうふうにメモしておきなさいと叔母さんとの結びつきは、そう言われたわけですね。

はい。

そうすると、きょう法廷で証言されたことはあなたの記憶に基づいて、正直に本当のことを証言されたんですね。

はい。

間違いないね。

はい、間違いありません。』

両証人の証言内容は、具体的且つ詳細で、きわめて自然である。ことさら、事実を歪曲しなければならない特段の事情も又、全く存在していない。

右両証言は、被告人安川が実質的経営者として、ユーラクをとり仕切っていたとする原判決の判示内容を根底から覆すものである。

(6)被告人安川の質問てん末書、上申書、検面調書等(検第一〇八乃至第一二五号)の任意性及び信用性に関する松本清証言(第八一・八二・八三回公判調書)について附言する。

松本証言が、検察官の企図にかかわらず、被告人の虚偽自白の任意性、信用性に関する立証効果を上げえなかっただけでなく、その証言態度と証言内容から、逆に被告人の右各証拠の少なくとも信用度が、極めて低いことを裏付ける結果となっている。

松本証人は、〈1〉被告人の上申書作成経過について被告人に代わって、実質的に作文したことを認めている。〈2〉客観的事実と証拠に反し、毎日関係の三〇〇〇万円送金の趣旨を否認し、〈3〉三〇〇万円を藤井代議士に被告人が政治工作のため献金した事実についても、追求によって初めて認めるという不誠実な態度に終始し、〈4〉検第一一六号の上申書添付の普通預金元帳コピーについて初めて見たなどと経験則上ありえない虚偽の証言をしたし、〈5〉査察官と馴れ合い的行動をとったり、〈6〉被告人の検事調べがあったことは知らなかったと虚偽の証言をしたり、〈7〉多額の謝礼を被告人から取りながら、素直に認めようとしなかったり、〈8〉その証言態度と証言経過からみると、松本清証言はむしろ弁護人の前記各証拠の不任意性・不信用性を裏付ける証言であった。

(五)法人税法第一五九条第一項及び第一六四条第一項のいう「その他の従業者」の意義

(1)最高裁判所の決定(昭和五八年三月一一日)によれば右「その他の従業者」には、当該法人の代表者ではない実質的な経営者も含まれるという。

「実質的経営者」が、前記各法条にいう「その他の従業者」に該当しないことは、すでに公訴棄却論の項で主張したとおりである。

元々最高裁判所の右決定は、法令の解釈・適用を誤っている。

仮りに右最高裁判所判断を前提としても、被告人安川はユーラク及び毎日の実質的経営者に該当せず、前記法人税法にいう「その他の従業者」の身分を有しないから、処罰の対象とならないことは明らかである。

(2)判例上「その他の従業者」に該当すると認められた「実質的経営者」なるものは、いずれも被告会社の運営全般の実際の唯一の統括者であり且つ、税逋脱行為の実行行為者である。

本件ユーラク、毎日両社のように、福島という実際に、代表取締役として業務全般を統括、遂行する者が、「実質的経営者」とは別個に法人の代表者として存在していたケースはない。

『被告人李中錫は、昭和四七年五月ころ、特殊浴場の経営を目的とする被告人中央観光株式会社を設立して、その代表取締役に就任し、その業務の運営に従事していた者であるところ、昭和四八年八月八日売春防止法違反の罪で罰金刑に処せられたため、同年一一月右会社の代表取締役を辞任したが、その後も引き続き、同会社の実質的な経営者として、その運営全般に関与していたばかりでなく、昭和四九年にはその余の各被告会社を設立し、その代表取締役には知人の平古英一を就任せしめたものの、昭和四九年三月から昭和五二年六月までの間、各被告会社の運営全般を総括していたことが認められる。』(東京高判昭和五七・一・二七)

『被告会社の代表取締役である関口三司は数年来病弱であったため、同会社の取締役たる被告人関口久七が養父三司に代わって被告会社の業務一般を統括していたものであり、本件各逋脱行為も久七がこれを実行し、その主犯であったことを窺うに十分』(東京高判昭和四二・一〇・三〇)

『営業の内容

本件所得の源泉である宅地造成分譲事業の主たる業務である土地の仕入、造成工事、広告宣伝及び分譲は、その一切を被告人が計画実行し、セールスマンその他の従業員に対する給与も被告人が決定していたこと、土地の仕入及び造成工事については、まず被告人が個人として地主ないし工事人との間で契約を結び、代金は自己の手許資金から支払い、その後分譲会社を既存の会社の中から選択決定し、あるいは新たに設立して、先に取りかわしてあった被告人個人名義の契約書を地主ないし工事人に依頼して分譲会社名義のそれに切りかえてもらっていたこと、また広告宣伝及び分譲については、その土地の所有名義を有する会社の名前で行うのを原則としていたが、ときに販売政策上、右所有名義を有しない会社の名前で行うこともあって、このような場合には、後に広告宣伝会社ないし購入者に依頼して領収書や契約書の名義を右所有名義を有する会社の名義に切りかえてもらっていたこと

資金の管理

右宅地造成分譲事業による収入支出はすべて被告人が管理していたもので、収益はすべて被告人の許に集められ、各会社で資金を必要とする場合には、その都度被告人がその会社へ入金する形をとっていたこと。』(東京地判昭和四八・三・二六)

(3)当裁判所の見解

『裁判所の考えは安川被告が福島に代わって業務全般を統括し、そしてこの違反行為をしたという場合にこれが処罰の対象になると、安川被告がですね。その場合には福島は処罰の対象にならないと、こういうことです。なぜかというと、これは前に申しましたように法律上の代表者が処罰できない場合にその代わりに実際の行為をやっておる者を処罰するんだということが前提なんですが、もし福島がなんらかの形で安川と共同して、そら内容の比率はどうなるかわかりませんけど、福島自身もその経営に参画して何らかの行為をし、また逋脱行為をやっているという場合には実質的経営者という概念は必要ないんです。」

「実質的経営者という概念が必要なのは福島を処罰できない場合に限ると、裁判所はそういうふうに考えます。」』(第三二回公判調書)

「その他の従業者」の中に、実質的経営者を含ませるとすれば、右裁判所のように、代表者たる福島が全く法人業務をしておらず、代表者として処罰する方法がない場合に限定されるべきは当然である。

したがって、原審判決は、罪刑法定主義に違背して、前記自らの法的見解にすら反する違法な法令の解釈・適用をなし、法人税法違反の処罰主体を実質的に拡張したことに帰着する。

(4)結論。

福島こそがユーラク及び毎日の代表者であり、唯一の法的且つ「実質的経営者」、業務全般の統括者であることは、証拠上明白である(福島、山川、辛、安の各証言、弁各号証、被告人の公廷での供述等)。

〈1〉有限会社の代表取締役は、会社の法的全責任を負うものであり、福島は両社の代表取締役である(昭和四六年度を除く)。

〈2〉両社の営業許可は、法的に福島に帰属する。

〈3〉ユーラクの法人成立前においても営業許可名義人は福島である。

〈4〉法人成立前においても実質的経営者は福島である(安川は店の所有者、資本提供者にすぎない)。

〈5〉ユーラクの法人成立前の所得申告者は福島である。

〈6〉ユーラクの常住的管理者は福島である。

〈7〉ユーラクの法人成立の前後を問わず毎日常勤していたのは福島である。

〈8〉店舗の施設の企画・発注などは福島の責任で行っている(安川には事後報告程度)。

〈9〉従業員の採用・解雇・退職金の支払い・給与の査定・決定などはすべて福島が実際に行っている。

〈10〉店舗の日常的資金管理、公表用の銀行預入れ、手形小切手発行などの権限と指揮は、すべて福島が行っている。

〈11〉簿外預金の預入れ、払出はすべて福島の命令の下に事務員が行っている。

〈12〉税逋脱行為は、昭和四二年二月法人成立前から行われていたが、その実行責任者は福島である。

〈13〉安貞姫入社前においても、税逋脱行為は行われており、その責任者は福島である。

〈14〉法人税の申告(修正を含む)は、福島の関与のもとにすべて行われ、申告書に署名押印したのは福島自身か、その命を受けた事務員である。

〈15〉業務上、官庁等に代表者として出席したのは福島である。

〈16〉業界の会合などに代表者として出席したのも福島である。業界の組合役員までやっている。

〈17〉会社の銀行借入は、福島の責任で行っている。

〈18〉毎日については、支配人山川を通じて日常業務・人事・経理・営業の統括をしていたのは福島である。

〈19〉毎日の人事について、宮本博明を派遣したのは福島である。

〈20〉簿外預金の預入れ、払出について、山川を指揮監督して掌握していたのは福島である。

〈21〉簿外収益の配分について、実質的に決定していたのは福島である。

〈22〉法人税の申告書に署名押印したのは、福島とその命を受けた事務員である。

〈23〉実質的経営者として多額の簿外収益の配分を受けていたのは福島である(安川は、所有者・資本提供者として配当金を受け取ったにすぎない。)

〈24〉パチンコ営業についての専門家、ベテランは福島である。

現代企業においては、直接経営活動の遂行にたずさわっていた従来の資本家に代わって、経営管理についての専門的知識・技術を身につけた「専門家」としての経営者が登場せざるをえなくなった。

「専門家」としての経営者は、現実には、資本の所有者ではないことが多く、所有と経営の分離が進むなかで、本件のユーラク、毎日のように、「資本家」安川より経営全般についての委託を受けた「専門家」としての経営者=法人の代表者たる福島が登場したいきさつは、被告人の法廷における供述、ないしは供述書(一)(二)にくわしいところである。

被告人安川が、店の所有者ないしは資本家として、店の収益性や、営業内容等について、一定の関心をもち、重要事項について経営者たる福島から報告を受けることがあっても、資本家(株主)の法人に対する商法上の諸権利から見て当然である。そのことが直ちに経営者として営業の統括をしているということに連結しないことは社会通念上も首肯できるところである。「資本家」「所有者」であることが即「実質的経営者」であるという概念規定をするのは、まさに俗論であって法的見地を逸脱するものである。

本件公訴の提起は、極めてずさんな捜査の下に、被告人の虚偽の自白の裏付けを取らず、結果としては両法人における業務全般の統括者を見誤り、安易にも処罰対象者をとりちがえたものであることは明白である。

原審公判廷において、以上のことが明らかになったので、さすがに原審判決は、被告人安川を唯一の経営者と認定することはできず、福島を代表取締役とし、日常の営業の監督をさせていたと認定すると共に、被告人安川を実質的経営者と認定した。右原審事実認定の誤りと、法令の解釈・適用が、罪刑法定主義に反し違法であることは、前述したとおりである。

原判決が、真実と具体的法の正義に反し、逋脱犯の身分なきものをあるものとし且つ、逋脱行為をしていないのに実行犯とする誤判をなし、無実の被告人を有罪としたのは、甚だ遺憾である。

原判決は、本件控訴審において、すみやかに破棄さるべきである。

二、「偽りその他不正の行為」

(一)原判決の判示事実

原判決は、

『前掲各証拠を総合すれば、被告人安川は、昭和四四年度・昭和四五年度のユーラク及び毎日商事の法人税確定申告を、代表取締役たる福島に命じてさせていたものであり事前にその概略のことは報告を受け、判示のような確定申告をしたことはいずれもそのころ福島から事後報告を受けていたことが認められ、』『自己(安川)が前説示のような不正な手段で売上除外金を取得して』いたと判示する。

(二)原判決の採用証拠の分析

原判決は、原審における争点について具体的説示をおらず、検察官の主張に添う認定をしたものと推測せざるをえないから、以下、原審における争点に関して論及する。

(1)ユーラク関係

イ、被告人の虚偽の自白について

「売上メモや裏の金銭出納帳の一部の保管」について。

右売上メモは、元ユーラクの事務所内に福島が代表取締役として業務全般をとり仕切っていた頃からおかれていたものである。

右メモなどは、被告人が代表取締役になった昭和四六年三月以降もそのまま事務所内に放置されていたが、被告人は同年の四、五月か夏頃、内容については十分な認識のないまま、安貞姫に袋にでも入れておくよう指示し、翌年の四、五月頃まで約一年間そのままにしていて、その頃買い物袋に入れたまま東京に持ち帰り、自宅のサンルームに置いていたものである(第七〇回公判調書三七丁以下被告人供述)。

右経過をみるとき、右売上メモ等が、逋脱手段を証明する証拠であるとの認識は被告人には全く無かったことがうかがわれる。

被告人が自ら売上除外行為に直接関与しておれば、右売上メモなどをわざわざ自宅に持ち帰り、保管をしておくということは全く不自然で、ありえないことである。

被告人宅から、右売上メモなどが発見されたということは、本件の場合、むしろ被告人安川は売上除外等の逋脱行為にかかわっていないことの証左ともいえる。

「朝銀倉敷支店等の仮名預金が存したこと」とする点について。

朝銀倉敷支店に自白どおりの仮名預金が存したとの検察官主張事実について、原判決は一体いかなる認定をしたものであるのかはっきりはしないが、どうやら検察官の主張をうのみにしたものと思われる。そうだとすれば、証拠の無視も甚だしい。仮名預金が存在したとの証拠は全くない。

被告人は、昭和四七年七月二九日第一回の質問てん末書において、次のように述べ、朝銀倉敷支店に仮名預金がある旨の自白はしていない。

『どのようにして売上げを抜いていたのですか。

売上げの計算は、安田貞子がしています。

私が東京へ移るまでは毎日の売上げは店の二階の金庫に入れさせておきます。安田が毎日の売上げを報告してくれますのでその内会社売上げにする金額を私が安田に言っておきますと安田は会社の売上げは預金にしますから残りの金を私は家に持って帰り金庫に何日分かをためて月に一回か二回広島銀行岡山支店、岡山中央信用、広島相互岡山支店のどれかに定期預金をしました。』(検第一〇八号)

被告人は売上除外金を、現金で持ち帰り金庫に何日分かためて月に一回か二回広島銀行岡山支店外に定期預金した旨、全く事実と異なる虚偽自白をしているのである。

朝銀倉敷支店が登場するのは、昭和四七年八月九日第二回目の質問てん末書であり、このときすでに松本税理士作成の仮名預金一覧表なるものが添付されるに至っている。

この間の経緯については、被告人が、当初朝銀倉敷支店の仮名預金については全くその存在を知らなかったため、想像で虚偽の自白をし、その後青木から朝銀倉敷支店の調査結果を示されてはじめて、その存在と内容を知ったことが安川の供述によって明らかとなっている(第七〇回公判調書五九丁以下外)。

姜を通じて、松本税理士から、朝銀倉敷支店に調査協力方の電話をするように指示され、安川が実行したこと、その結果、国税局と松本税理士等が、朝銀倉敷支店に赴いて、調査した結果を、あたかも被告人の自白に基づいて右仮名預金などが明らかにされたかの如き、体裁を作出したものであることは、安貞姫の証言はもとより、松本清の証言によっても十分裏付けられているところである。(第八二回公判調書二〇丁以下松本証言)

国税局は、昭和四七年六月段階の福島に対する質問てん末書作成時、すでに朝銀倉敷支店に仮名預金が存在したことを承知していたものである。

右のとおり証拠上は被告人の自白に基づいて朝銀の仮名預金が発見されたものでないことが明白であって、原判決のこの点に関する主張も理由がない。

もし、被告人の自白が任意になされ且つ真実であるとすれば、取調べの当初から朝銀倉敷支店の仮名預金の存在、売上除外の方法等について、一貫性のある自白がなされて然るべきである。

検第一〇八号ないし検第一二五号の内容は、一貫性を欠いて変転としており、客観的事実とも相違しているから明らかに取調官の不当な誘導に基づいてなされたことは明白である。

「売上除外金の大半を取得した」との認定について

安川が、自己の出資に対する配当金として、会社から取得した金員が経営者福島の売上除外の方法によったものであり、安川において、その使途につき、詳述したからといって、売上除外行為実行に関する自白の信用性を裏付ける証拠となしえないことはいうまでもない。

被告人の自白調書を採用した点について。

弁護人、被告人は、被告人の虚偽自白の動機が福島に代わって、女性である被告人において、両社の経営全般をきりまわした責任であり且つ、税逋脱行為の実行行為者である旨、虚偽の自白をすることにより、政治工作とあいまって、事件は告発=起訴の道をとらずに済むとの松本税理士及び姜ら総連幹部などの方針を信じたところにあると一貫して主張してきた。

換言すれば、自己を犠牲にして、他人をかばうのが目的ではなく、被告人自らの利益を目的として虚偽の自白をしたものである。

原判決の証拠の採用は採証法則を無視するものである。

原判決は、被告人の供述、洪文権証言内容などが、全く架空のでっちあげに基づくとでもいいたいのであろうか。そうだとすれば、原判決が一言も触れようとしない藤井代議士への三〇〇万円政治献金という客観的事実を、原判決は何と説明するつもりであろうか。

ロ、福島証言について

原判決は、本件税ほ脱行為を被告人が為したとして、福島証言を挙げる。

しかしながら、福島は売上メモ記載のB勘定にいくらまわすかという具体的指示を自ら安にしたこと、B勘定にまわした金は取敢えず、銀行に預金し月末にまとめて安川方へ持っていったこと、B勘定はパチンコ業者の通例であり、ユーラクの個人時代も会社時代もB勘定を作っていたことなどについて、明確に証言しているのである(第四四回、四五回、四六回各公判調書)。

すでに述べたとおり、安貞姫証言、山川証言も又福島がいわゆるB勘定を作り、逋脱行為を右両名入社前から実行していたことを認めている。福島は自らユーラクの裏金を管理していたのであるから、普通預金から月末に一括して引き出さなくとも、月末に安川方へ金を持参することは十分に可能である。原判決が、いかに福島証言の大綱である、自ら逋脱行為の実行を主導していた旨の証言を否定しようとしても、他の証拠に照らし、とうてい否定できるものではない。福島証言が、被告人の虚偽自白と矛盾するのは当然であろう。

ハ、安貞姫証言について

原判決は、安証言も、本件税ほ脱行為を被告人が為したとする証拠にあげている。

しかしながら、安貞姫の証言は、当時のユーラクの経営実態と売上除外等に関し、きわめて具体的且つ詳細に代表取締役たる福島が税ほ脱行為をおこなったことを証言している。

この証拠から、どのようにして、被告人安川が税逋脱行為を為したという結論が導き出せるであろうか。

以上のとおり、被告人の虚偽自白以外に、被告人が売上除外ないしはB勘定作り、或いは逋脱手段としての仮名預金行為などを、自ら行ったとする証拠は全く存在しない。

原判決が認定するような、被告人が「偽りその他不正の行為に基づく税逋脱行為」をしたという証拠は、原審記録中存在していないことは明白である。

(2)毎日関係

イ、福島証言と山川供述(検第一〇四号)について、

毎日の裏金作りに関して福島は当初次のように証言した。

『それで毎日商事におきましても有限会社ユーラクと同様いわゆるB勘定を作っておられましたですね。

はい。

まあB勘定、いわゆる裏金を作っていたようですけれどもその時期はいつごろからですか、毎日商事においては。

ちょっとはっきり記憶しておりませんけど………。

毎日商事のあなたが代表取締役ということになられてまもなくのこと、すぐのことではなかったですか。

じゃったと思いますけど。

そうしますとそれはあなたの発案でいわゆる裏金を作るようになったんでしょうか。

…………。

あなたの考えかということですけれども………。

誰の考えといってもまあ大体パチンコ屋はほとんどああいう裏金というものがありまして………。

要するにパチンコ店をやっていく中で売上金の一部を裏に回すわけですよね。

はい。

これは大体どのパチンコ屋でもやっていたのが実情なんですか。

まあそう思いますけど、ぼくは。』(第四五回公判)

すでにユーラクで自ら実行していたB勘定ないしは裏金作りをパチンコ屋の通例であるという認識を示しながら、毎日においてはこの点に関する特段の相談があったことを否定するニュアンスの証言をしている。

検査官の誘導によって最後に次のように検面調書記載の趣旨を肯定する趣旨の証言をしている。

『記憶喚起のため若干誘導してまいりますけれども、あなたが検事に述べたところによりますと、昭和四二年の一二月ごろに毎日商事の事務所であなたと山川さんとそれに後ろに坐っている安川さん、この三人が集まった時にそういう裏金を作るについての相談がなされたと述べておるようなんです。

そうかもしれません。

特に検事の調べの段階で嘘のことを言ったということはありませんか。

…………。

記憶どおりのことをおっしゃっていただいておりますか。

はっきりしませんけどそうじゃったと思いますけど。

その時安川さんがあなたなり山川さんに具体的にどんなこと言われたかというのは今は思いださんですか。

ちょっと忘れましたですけど。

これも誘導していきますけれども、その際安川さんがあなたや山川さんに要するに借金をして毎日商事というお店を買い取ったんだから早くその借金を返したいと、で、裏金を作って欲しいと、こういった内容の指示といいますかお話があったんだという供述をなさっているようですけれども、いかがでしょうか。

それは調書どおりと思いますけど。

今の記憶としても調書ができた時にあなたが供述されたことは間違いないと思われますか。

はい。

あなたや山川さんに対しても、安川さんが言われるにはですよ、それに協力してくれたら裏金作りにいくらかの利益をあげるとかいうような話はその際あったんですか。

その時分はなかったと思うんですけど、それがちょっとはっきりしてませんけど一年か二年かたってからまあ安川さんから山川さんにとにかく月に裏金を二〇〇万ずつもらえばもう全部あんたあとはなんぼとってもかまわんからということはちょっと記憶がありますけど。』(第四五回公判)

この点に関する被告人の虚偽自白の内容をみると次のとおり。

『ところで、毎日商事の売上げを除外した経緯について説明します。

私の記憶では四三年の一月早々、岡山の私の家に山川、福島が集まった際、私が二人に

出来るだけ早く買取の資金が回収できるように、営業して欲しいと言いました。

私は、毎日商事買取に当たって、持っていた定期預金は殆どはたき、朝銀倉敷支店から千五百万円の借入をしましたので、何とか早くこれ等を回収し、支払いを済ませたいと思ったのです。

すると福島が

出来れば月に百五十から二百位、売上を除外してねえさんの処へ、持っていくようにします。

と言いだしました。

百五十から二百というのは、百五十万円から二百万円という事でこのような不正な経理を行っては、正しい所得の申告も出来ないことになるのですが、私も借入金等を出来るだけ早く返済し、出した資金を回収したいという気持から悪いこととは知りながら

そうしてください。』(検第一二二号)

まず三人相談の時期が昭和四二年一二月と翌年一月早々の食違いがある。場所も又、岡山の安川宅と、毎日の事務所という大きな相違がある。相談内容も、裏金作りの発案者が違っている。

実際に三人相談の上、裏金作りを決定したとするには重要な部分で余りにも大きな食違いがありすぎるのである。

山川の検面調書ではどうか。

『そして安川会長が毎日商事を買い取る事に決めた頃から私と福島社長とに安川会長から

何とか少しでも早く元を取るように計らって欲しい

そうして呉れれば後は良いようにして山川さんにも店の一軒位持てるようにして上げる

と云われました

早く元を取るというのは云うまでもなく正当な所得や税の申告をしていてはいけませんから、結局売上げを除外し実際よりも少ない所得を申告して安川会長に金を渡すという事でしたから、私も良くないことは承知しながらも使用人でありますし将来は私にも良いようにしてくれるということですから協力することにしました。』(検第一〇四号)

三人相談の日時、場所に関する具体性が全くない。のみならず、裏金作りの話しが具体的に出たというより、山川の推測が供述されているにすぎないのである。

原判決挙示の各証拠からいえることは、たかだか被告人が、福島や、山川に対し「早く、投下資金を回収するのに頑張って協力して下さい」と要請したにすぎないことが明白である。

山川証言は次のように述べている。

『米子の毎日商事を安川が買い取って安川のほうからあなたなり福島さんになんとかすこしでも早く元が取れるようにといいますか、あるいは投下した資本の回収ができるようにお願いしますという話があったことがございますね。

ええ、まあその当時オーナーでしたら全部そんなもんじゃないですか、その当時のことですから。

だからそれはオーナーとしてすこしでも早く元を取りたいというのは誰しも考えることですが、つまりそういう意味であなたなり福島さんにお願いをしたというのは、その皆生温泉での話しじゃなかったんですか。

まあ、そんな話もでたでしょうね、めったに会うこともないものですから。

その席上、安川のほうからそのために売上を除外してくれとか、つまりそんな露骨な話というのは出てないでしょう。

まあ大体一般常識じゃなかったでしょうかな。

当時は。

はあ。

とすると改めて、あなた方の仕事について、なんとか頑張って早く投下資本を回収できるようにしてほしいということを言うたのはわかるんだけれど、その売上を抜いてくれとか、具体的にそんな税金の話とかをしたわけじゃないでしょう、その時は。

まあそういう話はあからさまにする人もないでしょう。

安川自身があなたが米子へ行ってから後、特に税金のことについてあなたに話をしたという記憶はありませんね。

まあ税金関係……、私としたら社長に直接ということですのでね。

税金の話は社長に言えば事が足りるわけですね。

ええ。』(第五二回公判)

山川証言のとおり、店のオーナーとして当然すぎることを被告人が述べたにすぎないのである。

安川が毎日の裏金作りを指示ないし命じたとする原判決の事実摘示が全く架空であることは証拠上明白である。

福島証言と山川供述(検第一〇四号)が、この点について全く信用できないことは明らかであろう。

次に売上除外行為を実際に担当していたのが山川であったことは、福島証言、山川供述共に大綱は合致している。

福島が月一回くらい、山川から損益計算書などを受取り、安川に現金と共に渡した旨の供述も同様である。

問題は、安川が損益計算書を福島にみせられ、金を受け取ったことの意味である。

この点については、被告人が、法廷において詳細に述べたとおりであり、資本家、オーナーとして配当金を受取り、会社の営業状態を、代表取締役たる福島から、オーナーとして報告を受けたこと以上の域を出るものではない。

ロ、被告人の虚偽の自白について

すでにユーラク関係で述べたとおり、被告人の自白が虚偽であり信用できないことは明らかである。

山川証言(第五二回公判調書)によれば山川が安川に対し税金に関して直接報告・相談することはなかったということであり、現に確定申告書に安川が署名・押印した事実も証拠も存在しない。福島証言(第四五回公判)によっても、前述のとおり毎日の確定申告について、安川に対し報告がなかったことは明確である。

被告人の自白の中で(検第一二二号証)除外金メモに「ボールペンで一月十日返済と書き込んであるのは私の字です。」と全く虚偽の事実(安川の公廷での供述)を述べさせ、あたかも売上除外に被告人が直接関与したかのように供述させたり、「余り少なすぎる申告はしないようにといい、山川も税理士とよく相談しますと言っていた」(検第一二二号)旨のいかにも出来すぎた作為的供述をさせていることは、質問てん末書にも記載のない供述であって、かえって被告人の自白が信用できないもの、検察官の作文であることを物語っている。

実質的経営者に関する安川の虚偽自白とあわせて、毎日関係の税逋脱行為についての被告人の一貫性のない、他の客観的事実(証拠)と矛盾する自白に信用性のないことは明白である。

(三)「偽りその他不正行為」の意義

(1)『租税逋脱犯の構成要件要素である「偽りその他不正の行為の意義につき、最高裁は、「逋脱の意図をもって、その手段として税の賦課徴収を不能若しくは著しく困難ならしめるようななんらかの偽計その他の工作をいう」と判示する(最判(大)昭四二・一一・八判決刑集二一・九・一一九七)。しかしながら、具体的にどのような行為が右の意味の不正行為に該当するかは十分に解明されていないとされている(「租税実体法と処罰法」松沢・井上著参照)。

逋脱犯における「偽りその他不正の行為」概念が、確定した内容として理論的な確立が未だ十分されていない背景には、『租税逋脱犯の本質をめぐる徴収権の確保に重点を置いた損害賠償であるとする「国庫説」と、申告納税方式の維持に重点を置いた責任主義刑法化としての「責任説」との理論的相剋をみることができる。』(前掲書四一頁)といわれる。

憲法の保障する罪刑法定主義(憲法三一条)と、自主申告納税制度尊重の基本的観点に立てば、専ら国庫収入確保を目的とする従来の「国庫説」の誤りは明らかである。

租税処罰法といえども当然のことながら、憲法と近代刑事法の責任主義の基本原理に立脚し、「偽りその他不正の行為」の構成要件の解釈とその適用は、きわめて厳格に為し、その可罰的違法性の範囲を限定すべきである。

この点につき、板倉宏教授は次のように述べている。

『消極的な手段によって税は免れうるのに、〈1〉法が特に「詐欺(偽り)その他不正の行為」という限定的文言を附していること、〈2〉もともと逋脱犯の構成要件の構造は包括的にすぎ、「不正の行為」という概念を厳格に解されなければ構成要件の保障機能が害われるおそれがある、〈3〉多くの市民が税を免れる行為をしているのであるから、刑事制裁の対象とされた行為がそれに値するだけの社会的常規を逸脱した悪質な行為であることが納得されなければ、かえって「弱い者いじめ」の不満を強める、といった見地から、逋脱犯の構成要件の解釈においても可罰的違法性の思考を特に重視する必要がある。』(別冊ジュリスト逋脱犯の構成要件における「詐欺その他不正行為」の意義)

(2)つぎに、事前の不正行為(所得等の隠匿等)を伴う過少申告が典型的な脱税行為であり、これが不正の行為にあたることは異論をみない。但し、事前の不正行為と過少申告行為を全体として、不正行為とみる考え方(いわゆる包括説)と事前の不正行為は、脱税のための準備行為にすぎず、不正行為は、過少申告行為のみであるとする考え方(いわゆる制限説)とが対立している。制限説による裁判例としては、例えば、東京高判昭47・5・26税資79・1892があり、株式配当収入手形割引収入を得ていた被告人が架空名義による預金等により、所得を秘匿したうえ過少申告した事案につき「過少申告ほ脱犯における詐欺その他の不正の行為とは過少申告それ自体をいい………架空名義預金の設定等による財産隠匿の不正手段は…………準備行為に過ぎない。………」とする。この高判に対する上告審である裁決昭49・12・13税資79・1836は「真実の所得を秘匿して内容虚偽の所得税確定申告書を提出した本件につき、原判決が過少申告ほ脱犯における『詐欺その他不正行為』とは、過少申告それ自体をいうとした判断は、何等引用の当裁判所大法定の判例(昭42・11・1197)と相反する判断をしたものではないことは極めて明らかである。」として、制限説に立つことを明らかにしている。

(四)原判決による処罰範囲の拡大

ところで、原判決は、前述のごとく、少なくとも税申告行為につき、『前掲各証拠を総合すれば、被告人安川は、昭和四四年度・昭和四五年度のユーラク及び毎日商事の法人税確定申告を、代表取締役たる福島に命じてさせていたものであり事前にその概略のことは報告を受け、(福島が)判示のような確定申告をしたことはいずれもそのころ福島らから事後報告を受けていたことが認められ、』と判示し、前記申告行為は、福島が為したことを認めている。

また後述するが、原判決は「損金計算等について」と題する判示部分において、福島の給与・手当に関し、「被告人安川の売上除外金取得の利益分配と認められる」とし、右福島に対する金員の支払について、本件税逋脱行為の報酬ないし利益配分と認定し、少なくとも福島が税逋脱に関し、情を知った上で関与しその報酬を得ていたことを認めている。

これまで原判決の証拠の採用に関し、検討したとおり、被告人安川の関与なしに、福島が自己の判断と、自己の利益のため本件税ほ脱行為を為したことは、明らかである。

そうだとすれば、原判決の事実認定に立脚したとしても、福島が実行正犯であり、代表取締役たる福島の犯罪が成立することは明らかである。

原判決が、この福島の実行行為に関する刑法的評価なしに、直接安川の刑事責任を問えるとする見解であるとすれば、まさしく犯罪の成立範囲を不法に拡大したこととなり、罪刑法定主義の要請、刑法の謙抑主義に反するものであって、もとより違法である。

(五)原判決の事実認定及び、法的評価の致命的な誤り

原判決が認定するとおり、福島は、代表取締役であり、少なくとも日常の業務全般については、両会社の業務全般を統括していたのであるから、その業務内容の性質上、税逋脱行為としての確定申告行為について、情を知らないとは、到底いえず、正犯適格を有していることは明らかである。

この点、即ち福島の正犯適格について、原判決は見過ごし、直接被告人安川を正犯者と認定(論拠・理由不明)した誤りがある。

そもそも、本件犯行は、被告人安川の関与なしに、為されたものであり、被告人安川は、何等刑事責任を問われる立場ではない。

しかも、仮りに何等かの関与があったと認定できる場合であっても、前述のとおり、正犯者たる福島の正犯適格について、何等の認定をせず、被告人の刑事責任は問えるものではない。

原判決の事実認定と法的評価には、重大な誤りがあり、破棄さるべきは、当然である。

第二節 税ほ脱犯の故意

一、原判決の認定

原判決は、後述する概括的故意説に立脚して、『自己(被告人安川)が、前説示のような不正な手段で売上除外金を取得している以上、両会社の右確定申告をするに当り不正な経理によって実際所得よりも、過少な所得申告をし、ひいては税逋脱をするであろうことは十分知っていたと認めるのが相当である。』と判示する。

二、逋脱所得にかかる故意の意義

『逋脱犯は故意犯であるから、犯罪として成立するためには、行為者に逋脱犯の構成要件に該当する事実の認識が必要である。

租税逋脱犯の構成要件は、偽りその他不正の行為により、納税義務を免れることであるから、右逋脱犯の構成要件を組成する客観的事実の認識が成立するためには、納税義務、すなわち、その内容をなす所得の存在についての認識が必要であり、更に加えて、偽りその他不正の行為に該当する事実の認識、及び、逋脱結果の発生の認識が必要である(前掲松沢・井上四六頁参照)。

逋脱税額の一部について逋脱の故意があれば逋脱税額全体について故意が認められるかどうか、逋脱所得に係る故意について「個別認識説」と「概括的故意説」とが対立している。

近代刑事法の責任主義の当然の帰結として、「個別認識説」が正しい。

例えば前掲書松沢・井上は次のようにいう。

『脱税額は構成要件としての意義をもつから、逋脱の犯意についても、それが認められない部分があれば、これを除外して計算すべきであるとする「個別的認識説」が妥当である。「概括的故意説」は、立証の問題として、免れた全税額につき一応脱税の犯意が推認されるという立証技術上の配慮を実体法上の故意とは何かという概念構成に持ち込んだものであって誤りであることは明らかである。従って、行為者において、納税義務がないと確信していた勘定科目の部分については犯意がない。思い違いや計算違い等によって、客観的な税額や申告税額との間に差異を生じ、客観的に逋脱の結果を生じたとしても、その部分については逋脱の犯意は認められず、逋脱犯は成立しない。』

板倉宏教授も、昭和四九年九月二〇日の最高裁の第二小法廷決定(刑集二八巻六号二九一頁)に批判的立場を取り次のように述べている。

『たしかに、昭和五五年二月の東京地裁二五部の判決(東京地判昭五五・二・二九判例タイムズ四二六号二〇九頁)もいうように、行為者が多数の取引によって生ずる収益(収入)や損金(支出)を具体的に正確に把握していることは、実際上不可能であるから、所得算定について必要な各勘定科目について、いちいち個別的な犯意を論ずる必要はない。しかし、同判決もいうように、逋脱犯の犯意が成立するためには納税義務が存在することが前提となるから、行為者が個別的取引に基づく所得の存在について認識を欠けば、その部分については逋脱所得の算定に当たり、これを除外して計算すべきであり、その意味では、ここの勘定科目についての認識の検討は全く不要なわけではない。

いわゆる概括的認識説をとるとしても納税義務者が納税義務がないと確信していた勘定科目や、損金に算入できると確信していた部分についても、逋脱の犯意を認めるのは、納税義務の存在を認識していないのにもかかわらず、納税義務違反の犯意を認めることになり妥当でない。刑法三八条一項のうたう責任主義という刑法の基本原則にそぐわない結果責任主義的思考である。租税刑法の領域においても責任主義の原則が妥当しなければならないということは、今日、わが国のみならず、西ドイツなどにおいても、ほとんど異論無く認められている基本的なプリンシプルではあるまいか。

そこで、思い違い、計算違いなどで客観的な税額と申告税額との間に違いを生じ、客観的に逋脱の結果を生じても、その部分については逋脱の犯意が認められず、逋脱犯は成立しないことはもちろんである(東京高判昭五四・三・一九高刑集三二巻一号四四頁、東京地判昭五三・五・二九判タ三八三号一五九頁)。』

逋脱所得に係る故意の認定については、いずれも責任主義刑法原理を尊重すべきことが強調されている。

複雑、多岐にわたるからといって、逋脱所得について個別的な認識を検討してなす犯意の立証の困難性を理由に、逋脱の故意の認定が結果責任主義に陥ってはならない。

租税逋脱犯における故意の内容について、所得隠蔽行為とかかわりなく故意によらず、あるいは思い違いによる計算違い等によって、客観的に負担する税額と申告額との間に齟齬を生じ、客観的には脱税の結果を生じても逋脱犯を構成しないという最近の判例の傾向はもとより当然のことである(東京高判昭五四・三・一九高刑集三二巻一号、東京地判昭五三・五・二九判例タイムズ三八三号、東京地判昭五五・二・二九判例タイムズ四二六号等)。』

三、原判決の誤り

被告人の、法人税法第一五九条第一項、同第一六四条第一項の構成要件に該当する事実の認識の不存在について

右のとおり逋脱所得にかかる故意が認められるためには、行為者に、逋脱犯の構成要件に該当する事実の認識がなければならない。

租税逋脱犯の構成要件は、先に見たとおり「偽りその他不正の行為」により納税義務を免れることであるから、右逋脱犯の構成要件を組成する客観的事実の認識が成立するためには、納税義務、即ちその内容をなす所得の存在についての認識が必要であり、更に加えて「偽りその他不正の行為」に該当する事実の認識、及びその逋脱結果の達成の認識が必要である。

被告人安川には、右のような構成要件に該当する具体的事実の認識があったとする証拠は存在しない。

(一)納税義務=その内容をなす所得の存在についての認識

被告人には、公訴事実記載の各年度の納税義務=課税所得金額の存在についての認識がなく、その認識の存在を裏付ける証拠がない。

被告法人ユーラクの事業所得について、被告人は、各年度の売上と経費について、検察官主張の損益計算書記載の如き金額を夫々認識してなければ、故意の存在を認定しえないことはいうまでもない。

既に「実質的経営者論」「構成要件不該当論」で述べたとおり、被告人は実質的経営者でないばかりか、逋脱行為の実行行為者ではない。

ユーラク及び毎日の売上と経費について、確定申告に直接・間接にかかわっていない被告人安川において、各年度の金額を認識しうる立場になかったことは証拠上明白である。

(二)「偽りその他不正の行為」に該当する事実の認識

(1)被告人安川は、すでに述べたとおり、朝銀倉敷支店に存在した架空名義預金の存在自体を知っておらず、ましてや、福島・山川がすべて実務処理を行っていた、毎日の架空預金について、知る由もなかったのである。

売上除外の実行行為については、ユーラク、毎日の双方について、安川が関与していなかったことも、すでに述べたとおりである。

被告人安川が、自ら架空預金行為をしたり、売上除外行為をしたとする物的証拠も何ら存在しない。

右のとおり、被告人安川が「偽りその他不正の行為」に該当する具体的事実を認識することは不可能である。

被告人にその認識のないところに、結果責任を追求することは法律上許されないところである。

(三)逋脱結果の発生の認識

逋脱の結果は「偽りその他不正の行為」に基づく実際所得額と申告額との不一致である。もともと偽りその他不正の行為の認識のなかった部分については、逋脱の結果は発生しない。

被告人がユーラク、毎日について逋脱結果の発生について認識していた証拠は全く存在しない。

(四)本件被告事件は、もともと被告人がユーラク、毎日の実質的経営者として、偽りその他不正の行為に基づいて税を逋脱したという、逋脱犯の具体的構成要件に該当する事実の認識があったとする証明はない。

被告人安川に故意の存在を認めることは不可能である。

しかるに原判決は、「不正な手段で売上除外金を取得している」との誤った事実認定を前提にして、しかもこの一事をもって、両会社の確定申告を代表者福島がするに当って、「不正な経理によって実際所得よりも、過少な所得申告をし、ひいては税逋脱をするであろうことは十分知っていたと認めるのが相当」と判示し、故意の存在を推定するという重大な誤りを侵したものである。

原判決は、誤った「概括的故意説」に立つと同時に故意の存在についてきわめて安易に、且つ証拠に基づかずに推定したものというべくその違法たること明白である。

第三節 各年度の所得

原判決摘示の如く、被告人安川典江が有限会社ユーラク及び毎日商事有限会社の実質的経営者であって、本件税逋脱行為の、唯一の実行正犯だという前提にたった場合、両法人の各年度の損益計算(客観的所得金額)は、別表弁護人の主張額のとおりであり、原判決の所得認定は、誤っている。

(1)福島栄一の給与について

原判決は、『被告人安川の売上除外金取得の利益配分と認められるので、失当である』として、損金計上できないと判示する。(四四年度給料・手当、四五年度給料・手当・賞与、四六年度給料・手当・賞与)

この判決の認定は、

〈1〉有限会社ユーラクが福島に対して、被告人安川を通じて、支払った事実は認めるが、

〈2〉被告人安川が、福島に「売上除外金取得の利益配分」として支払ったもので、報酬・給料に該当せず、

〈3〉損金計上できない

とするものである。

1、まず、この原判決の認定は、本節における前提事実、即ち、被告人安川典江が実質的経営者であって、本件逋脱犯の唯一の実行正犯であるという、原判決認定事実と矛盾する立論である。

被告人安川典江は実質的経営者でなく、福島が、名実共に経営者であるということは、弁護人が、一貫して、主張してきたところである。

前記原判決の認定は、はからずも、自ら、「福島が本件逋脱犯の実行正犯適格を有している」と摘示したものといえよう。

けだし、福島が少なくとも、被告人安川との間において、共犯ないし共同正犯(共謀)の関係になければ、本件税逋脱犯行為の報酬ともいうべき「売上除外金取得の利益配分」に、あずかるはずがないからである。

2、ところで、原判決の認定した前提事実は、被告人安川が「実質的経営者」であって、かつ福島は、本件税逋脱行為について、情を知らない、単なる従業員ということであったはずである。そうであれば、当然定期に支払われたことが明らかな以上、給与として損金計上できるといわねばならない。原判決は、登記簿上の代表取締役という形式をとらえ、実際は、従業員であっても、従業員と扱い得ないというのであろうか。

仮りにそうだとすれば、税法の実質課税の原則に反することは明白である。判例も、「法人の支出が損金を構成するかどうかは、その法的形式にとらわれず、企業の経営において果す機能により決すべきである」(東京高判昭四〇・一〇・二一、行集一六・一〇・一六五〇)と、さらには、「法律上の形式と実際上の内容が異なる場合は、後者が前者に優先して判断される」(大阪地判昭三三・七・二二、行集九・七・一三八一)としている。

又、裁決事例においては、具体的に、「その勤務関係については、常時代表者の指揮監督を受けており、加えて、請求人(法人)の事業運営上の重要事項に参画している事実が認められない場合には、給料の支払状況等がたとえ一般使用人と異なっている事実があったとしても、これらの事実関係だけをとらえ請求人(法人)の役員に該当するとすることはできない。」(昭四六・七・一七、裁決事例集三・一三尚かっこ書きは、弁護人による挿入)としている。

この判例や裁決事例からも明らかなように、この原判決の認定は、税法の原則や判例に則らない、唯、処罰範囲を拡張するための、違法不当な見解といわざるを得ない。

したがって、登記簿上代表取締役であっても、実質上従業員であれば、給与の全額が、損金計上できるのが税法上・条理上当然であり、本件のように刑事上の責任が問われる場合は、尚更である。

3、ところで、仮りに、一〇〇歩譲って、福島が、法人税三五条の「役員」に該当するとしても、本件給与の支払は、定期定額の報酬であって、賞与ではないから、損金計上できる。

本件各給与は、その額において、又支給時期において、数回他の給付と異なる場合があっても、原則として定期定額であり、報酬であったことは客観的事実である。この点に関し以下の証拠からも明らかである。

弁護人 『例えば五万もあれば一〇万もある、八〇万もあれば四〇万もある全く金額がばらばらだとこういう認識ですか。』

青木証人 『いいえ、そうではありません。』 (第五七回高判調書八丁表)

検察官 『売上のなかから毎月五〇万円分配されていたのですか。』

福島証人 『はい。分配金であるかどうか知りませんが自分は、給料と思って貰いました。』 (第四四回公判調書二五丁裏)

弁護人 『名目はともかくとしてかなりの収益をあげているユーラクの仮にも代表者だからそれくらいの手当というんですかね、支給があってもそれは当然のことだというお考えだったんですか。』

福島証人 『そうですね。代表者とはどういう意味かよくわかりませんけれども、安川のところへ来て十何年間苦労したからという報酬ではなかったかと僕は思うんです。』 (第四七回公判調書二二丁裏)

弁護人 『…………この毎日商事からこの安川が二〇〇万円をもらうようになってから後、あなたが五〇万円をもらっておりますね。』

福島証人 『はい。』 (同公判調書五三丁表)

福島証人 『五〇万円をいただいておって実は、あれを買うて、大分借金も払って利益がありましたので、…………』 (同公判調書五四丁裏)

弁護人 『毎日の方は、そうすると、五〇万円づつ一〇回もらったでしょう。』

福島証人 『はい。』 (同公判調書六二丁表)

弁護人 『…………給料手当関係で伺いますが、これまですでに述べられておりますからおわかりでしょうが、福島さんに対して会社から五五〇万円簿外で給与がでているということについて、この年度は一回分欠けて一一回分ですが、その点はどうですか。』

安川典江 『私は、一二カ月分払っております。』

弁護人 『あなたの記憶では、そういう欠けた月はないということですか。』

安川典江 『はい。』

弁護人 『このお金の出方ですが、どういうふうな時期に金がでておったんでしょうか。』

安川典江 『いつ五〇万円出たというのは私にはわかりませんが、私の配当を持ってくるのが、大体翌月の一〇日前後でして、その時に福島が僕の給料は五〇万もらいましたよといって私の配当分を出してくれました。』

弁護人 『じゃあ福島さんは、月々の給与五〇万というのは、最初から自分でとって引いた分をあなたのところに渡すわけですか。』

安川典江 『はい。』 (第七三回公判調書一五丁裏~一六丁裏)

弁護人 『……………毎日商事の関係で毎日商事の昭和四五年一月一日から同年一二月三一日までの経費関係ですが、福島さんの五〇〇万というのがありますが、これは一月から一二月までの五〇万一〇回分ということで福島さんの法廷での証言などをもとにして、計算をしておるんですが、この毎日商事関係で福島さんが会社から取得したのは、何回分ですか。』

安川典江 『いいえ、毎月ですから一二回です。』

弁護人 『その点で福島さんのいっているのと食い違っているんですが、あなたの記憶では、そういう欠けた月は、ないという記憶ですか。』

安川典江 『ありません。』

弁護人 『福島さんが毎日商事から月々五〇万を取得したのは、ユーラクでおのべになったのと同じ趣旨ですか。』

安川典江 『はい、そうです。』 (第七三回公判調書四〇丁裏~四一丁表)

したがって、本件福島に対する給与の支払は、賞与ではなく、報酬であり、損金計上できることは明らかである。

4、尚、原判決は、福島に対する「いろは食堂の賃料」も損金計上できないという。

これは、弁護人の、現物給与であると主張を認めた上での立論であるが、元来建物の賃料なるものは、ことの性質上定期定額であるのが通常であって、検察官提出の検甲一六号証によって、定期定額であることが証明されている。

したがって、仮りに、この支払が、役員たる地位に対する支払としても、報酬以外の何ものでもなく、損金計上されるべきものであることは論をまたない。

5、ところで、原判決は、四四年度の賞与につき、「被告人安川が法廷で供述するだけで、裏付けとなる証拠は何らなく、にわかに措信し難い。」として、弁護人の主張を排斥している。

しかしながら、まず、被告人安川の法廷での供述だけでなく、前記のとおり福島の証言もあり、判決の論拠は明らかに失当である。

第二に、他の年度においては、少なくとも支払の事実は、認めているのに、この年度だけ認められないとする根拠も全く挙げていない。

6、毎日商事における福島に対する昭和四五年度の簿外給与に関しても、ユーラクの場合と同様である(1~4参照)。

7、以上、原判決の認定は、いずれも、唯、処罰の範囲を拡大する目的のための詭弁としかいいようがなく、有限会社ユーラクが福島に支払った本件給与等は、何れも損金として計上できるものである。

(2)広告宣伝費(合計三九〇万円)について

原判決は、本件広告費について

「安川が法廷で供述するだけで、裏付けとなる証拠は、何もない。」と判示する。

1、しかしながら、本件広告費が実際に支払われたこと次の証拠に明らかである。

弁甲一二号証 パンフレット

弁護人 『その一頁大の広告をだすについて、一三〇万円という金額はかなり高額のように思えますが、それはどうしても有限会社ユウラクの広告宣伝費に必要なものなのでしょうか。』

安川典江 『はい。』

弁護人 『誰からどんなふうに聞きましたか。』

安川典江 『福島栄一から店の宣伝と、従業員募集それから同業者の連帯、情報交換等、それと在日朝鮮人商工会の結束、そういう面でのおつきあいということで、しなければいけないんだというふうに聞いております。』 (第七三回公判調書九丁裏・一〇丁表)

弁護人 『あなたも代表者になってからは、いろいろ店の事もわかるようになってきたんでしょうが、そういう中央芸術団の興行の際に広告宣伝をどうしてもしなければいかんものなのかどうか、あなた自身としては、どういうふうに判断しておられたのですか。』

安川典江 『これは店の宣伝になりますし、従業員なんか、そういう広告に名前が出ておりますと、たまに電話をかけたり、また従業員募集ということもありますし、それと同業者の連帯、情報交換、例えばどこそこのメーカーの機械はいいとか、あの機械は使わないほうがいいとか、そういう情報も得られておりましたし、それから朝銀の融資を受ける場合にもそういう面では、おつきあいしてた方がいいんだと思います。』

弁護人 『そういう広告宣伝を朝鮮の中央芸術団の興行に際して使うということがユーラクの事業にとっては、必要だというふうにあなたは判断したということですね。』

安川典江 『はい。』 (同公判調書一三丁表~一四丁表)

弁護人 『…………これはあなた自身の体験からしてどうしても必要ですからね。』

安川典江 『当時は、従業員募集も非常に困難でしたから』

弁護人 『それはどうしてですか。』

安川典江 『パチンコ屋というのは、大体従業員が集まりませんし、まして在日朝鮮人の店ということになれば、なおさら従業員は来にくうございますのでそういう必要がありました。』 (同公判調書一五丁表)

2、次に、本件広告費は、業務執行上必要な広告宣伝費である。

まず、広告宣伝費が支払われたと認定するかぎり、業務執行上必要と認めるべきである。けだし、損金とは、事業遂行上必要な費用を意味し(大阪高判昭三六・五・二九、行集一二・五・一〇二八)、特段の事情がないかぎり、事業遂行上通常必要な費用であると推定すべきで(東京地判昭三三・九・二五、行集九・九・一九四八)あるからである。

また、中央芸術団は、朝鮮総連と在日朝鮮人の誇る芸術団で、毎年全国を公演して岡山にも再々来ている。

日本人の観客も歓迎するが、主たる目的は、在日朝鮮人に対する慰安・宣伝である。

その公演費(おそらくは、団体維持費も)は、朝鮮人有力業者の広告料に頼っている。

これに広告料を支払うことは、義務に近い。むろん、支払が強制されるということではないが、総連、商工会、朝鮮信用組合からの、庇護・援助・金融等の便宜を受けるためには、この支払は、企業経営上必要欠くべからざる広告宣伝費もしくは交際費と云うべきものである。

3、さらに、別に広告宣伝費が公表帳簿に記載されているのに、この広告宣伝費が、記載されていない点について。

被告人安川は、実質的経営者でなく、福島が実質的経営者であって、同人が、公表帳簿等の記載を含む経営一切を統括していた。同人が、有限会社ユーラクを経営する都合で、本件広告宣伝費を支払っても、公表帳簿に記載するか、否かを決していたのである。公表帳簿の記載欄があるのに云々という論理は、同人に対してあてはまる。

しかしながら、前述のとおり、被告人安川はこの公表帳簿作成にかかわっていない。

よって、少なくとも、被告人が簿外で有限会社ユーラクのために本件広告宣伝費を支払ったという事実を否定する論拠にはならない。

4、したがって、この広告宣伝費は、支払われており、業務執行上欠くべからざる経費であることは、明白であるから、当然損金計上されるべきものである。

(3)雑費(朝鮮人商工会に対する会費合計七二〇万円)について

原判決は、この雑費の支払に関し、広告宣伝費と同様の理由で、損金計上できないという。

しかしながら、商工会の会費は、会費である以上当然支払うべきは、日本における商工会に加入した、日本の商社・商人らが会費を支払うのと同様である。

本件雑費は有限会社ユーラクにとって必要不可欠の費用であり、当然支払っているという事実は、以下の証拠で明らかである。

弁護人 『在日朝鮮商工業者はいわゆる民団系と総連系にわかれているように思われるのですが、そういう民団系の人達はやはり同じような商工会というのはあるのですか。』

安川典江 『私はあるように聞いていまして、民団か朝鮮人商工かどちらかに必ずといっていいほど皆さんはいっているというふうに伺っております。』

弁護人 『あなたの方の関係では、御主人の頃からいわゆる朝鮮人商工会に入っていたとこういうことでしたね。』

安川典江 『はい。』

―― 中略 ――

弁護人 『それとどうしても商工会に入って会費を払ったり、広告宣伝費を使う必要があったというわけですね。』

安川典江 『はい。』 (第七三回公判調書一四丁表~一五丁表)

したがって、本件雑費は、支払っており、損金計上されるべきである。

(4)減価償却費について

原判決は、「法人税法三一条により、確定申告の際に、申出ていないものであるから認容できない」という。

即ち、簿外資産であるから、減価償却はそもそも認められないという理由である。

この、論拠自体が誤っていることについては、以下の判例を参照すれば、明確であろう。

『資本的支出に該当する支出金額のうち、一部を修繕費とし、他を簿外処理した場合において、減価償却の計算の基礎となる金額は、その支出金額の総額である』 (東京地判昭五三・一一・二〇、判タ三九七・一六九)

当然、損金計算されるべきである。

(5)給料・手当(安川典江一〇〇〇万円)について

原判決は、「被告人安川が法廷で供述するだけで、裏付けとなる証拠は、何らなく、にわかに措信し難い。」と判示する。

しかしながら、まず、被告人安川典江は、当時、有限会社ユーラクの代表取締役であって、この会社は、赤字会社ではなかった。よって、当然役務に対する対価たる報酬が支払われていたとするのが、経験則に合致する。

原判決は、この当然の経験則と論理を否定する。しかしながら、否定するのであれば、この経験則にあてはまらない事実を証明しなければならない。

前述したとおり、捜査段階での上申書や自供等は、松本等の『筋書』に基づいてなされたもので、その『筋書』に、被告人安川典江の役員としての報酬は存在しなかった。

ところで、仮りに、報告人安川典江が、実際に、真実上申書を含む資料と前記『筋書』を、作成したのであれば、自己の保身の意味からも、当然、自己の取締役としての報酬を、損金として計上したであろう。

けだし、この報酬を損金計上することは、有限会社ユーラクにとっても、自己にとっても、利益にこそなれ、不利益とならないからである。

捜査段階での上申書や自供等において、この被告人安川典江の報酬が全く損金計上されていないということは、皮肉にも、被告人安川典江の作成した『筋書』ではないことを証明するものである。

安川が、法廷で供述するだけで、捜査段階での証拠が存在しないのは、至極当然の経緯である。

したがって、被告人の公判廷での証言は、信用性があることは明白であるから、本件報酬が支払われていたことに関する、証明は、十分である。

ところで、その報酬額が、法人において、損金計上できる一般的な報酬の基準を充たしていれば、当然のこととして、損金に計上されてよい。

有限会社ユーラクの被告人安川典江に対する報酬支払は、法人において、損金計上できる一般的な報酬の基準を充足している。この点に関し、被告人安川典江は、以下のとおり、証言する。

弁護人 『その福島さんが、代表取締役を止めて、毎日商事の方のオーナーになるということになった時点で、今度あなたが代表取締役一人になれば当然そうなるんでしょうが、そのあなたの給料ですね。どうするかというそんな話はこの安貞姫さんなりその他の人との間ででなかったんでしょうか。』

安川典江 『ありました。』

弁護人 『誰とのあいだであったの。』

安川典江 『安貞姫から給料はどうするのというふうに聞かれましたので、一〇〇万位にしておいて、いうふうに言いました。』

弁護人 『そうすると、その今度は、福島さんの後あなたが、代表者になって、それでこの給料はいくらに決めておかねばいかんということになったわけですね。』

安川典江 『はい。』

弁護人 『この法律的なことはあなたにはわからんでしょうけども、そういう取締役、あるいは代表取締役の報酬については、どんなふうな手続にしてどうしたらいいかというふうなことは、あなたは当時わかっておったんですか。』

安川典江 『いいえ。』

弁護人 『それは、誰にやってもらうことにしたの。』

安川典江 『それは、安貞姫に司法書士のところへいって相談しなさいということにしておりました。』

弁護人 『従来から株主総会の議事録とか取締役会議事録とかそういった法律上ちゃんと作らなければいかんものは、その前島さんのところへ頼んでおったのですか。従来から。』

安川典江 『はい。』

―― 中略 ――

弁護人 『あなたが代表者になってからは、あなたが直接安貞姫さんに指示して、やらせたということですね。』

安川典江 『はい。』 (第七三回公判調書三三丁裏~三五丁裏)

本件報酬は、法人において、損金計上できる報酬の一般的基準を充足していることはあきらかである。

よって、本件被告人安川典江に支払われた報酬は、損金計上されるべきである。

(6)賞与(中野吾一等合計四三九万円)について。

原判決は、『被告人安川の売上除外金取得の利益配分と認められるので、失当である』として、損金計上できないと判示する。

この判決の認定は、〈1〉有限会社ユーラクが中野吾一等に対して、被告人安川を通じて、支払った事実は認めるが、〈2〉被告人安川が、中野吾一等に「売上除外金取得の利益配分」として支払ったもので、報酬・給料に該当せず、〈3〉損金計上できない

とするものである。

1、まず、この原判決の認定は、本節における前提事実、即ち、被告人安川典江が実質的経営者であって、本件ほ脱犯の唯一の実行正犯であるという、原判決認定事実と矛盾する立論であることは、前述のとりである。

この原判決の認定は、今度は、「中野吾一等が本件ほ脱犯の実行正犯適格を有している」と論じているのと同じである。

これらのものと、被告人安川との間において、共犯ないし共同正犯(共謀)の関係があり、本件税ほ脱犯行為の報酬ともいうべき「売上除外金取得の利益配分」にあずかったというのである。論理破綻は明白であろう。

以下のとおり、支払われたこと及び、「売上除外金取得の利益配分」なる性格の支払でないことは、明白である。

弁護人 『昭和四六年のボーナス二回程というと、何月頃か覚えておられますか。』

中野証人 『八月と一二月頃だったと思います。』

弁護人 『金額は、覚えられて居られますか。』

中野証人 『それぞれ一〇〇万円ずつです。』

弁護人 『福島さんが社長時代にそういうふうに夏と冬に一〇〇万単位の大きなボーナスというものはもらってなかったんですか。』

中野証人 『それだけの金額はもらってないです。』

弁護人 『じゃあ福島さんがやめてから後のことだから割合はっきり覚えているわけですね。』

中野証人 『そうです。わかりやすい金額だったからね。』

弁護人 『それ以外に福島さんが退職した後、その福島さんのおやめになった昭和四六年に会社からあるいは安川さんから普段もらっている給料以外に何かもらったことがあるかないか。ご記憶ですか。』

中野証人 『あります。』

弁護人 『いつごろどういうことでもらったんですか。』

中野証人 『福島さんがユーラクを退職した当初ある程度、私もやめるように福島さんに誘われましたので、オーナーに福島さんもやめたことだし、私もついでだから、この際、やめさせてくれということを申しでたところが、今やめてもろうたら、困ると、これだけの金をあげるから引き続きやってくれということで、その時もらいました。』

弁護人 『今オーナーといわれたのは、安川のことですか。』

中野証人 『そうです。』

弁護人 『そうすると、福島さんが退職した後に安川さんから謀かのお金をもらったということですか。』

中野証人 『そうです。今やめられたら困るということで、二〇〇万程くれました。』

弁護人 『その名目はどうなるんですか。』

中野証人 『実は、私がユーラクに入った当初、支度金、その他何ももらってないんです。その分を今ここでこれだけのことをしてあげるから一つやってくれとのことで二〇〇万円もらいました。』

裁判官 『二〇〇万ちょうどですか。』

中野証人 『ちょうどです。』

裁判官 『現金ですか。』

中野証人 『現金です。』 (第六六回公判調書第三丁表~第四丁裏)

弁護人 『そんな経緯もあってあなたが引き続きユーラクにとどまるということになったので、支度金的なものとして、当時会社から二〇〇万円だしてもらったということですね。』

中野証人 『そうです。』 (第六六回公判調書第八丁表)

検察官 『昭和四六年に二回にわたって一〇〇万ずつボーナスをもらったということですが、これは直接被告人の安川さんからもらったんですか。』

中野証人 『私の記憶では、事務員に一回、安川さんに一回もらいました。』

検察官 『事務員というのは、安田貞子のことですか。』

中野証人 『はい、そうです。』

検察官 『どこでもらったんですか。』

中野証人 『事務所でもらいました。』

裁判官 『二回ともですね。』

中野証人 『はい。』 (第六六回公判調書第九丁表裏)

弁護人 『じゃあ昭和四六年一二月三〇日一三〇万というのはこれはあなたの記憶ではこの内訳はどういうことですか。』

安川典江 『ボーナス賞与といたしまして中野に一〇〇万、安貞姫に三〇万出しております。』

弁護人 『それはどうしてそういうふうにわかるの。この記載からいけば、安川典江つまりあなたが、とったような形になっておって、中野とか安貞姫とかいうふうに手でいませんね。』

安川典江 『はい、これは私が会社にいきました時に中野に賞与として会社からということでだしましたので、………』

弁護人 『それでおぼえてる。』

安川典江 『はい。』

弁護人 『そうすると安川典江というふうに書いたのは、あなたの知らんところで、安貞姫か誰かほかの人が書いた訳ですか。』

安川典江 『そうです。』

弁護人 『この字は安貞姫の字かどうかわかりませんか。その他の事務員といってもその当時おういう帳面をつける人はいましたでしょうか。』

安川典江 『安貞姫と思います、いるとすれば、手島巴。』

―― 中略 ――

弁護人 『いずれにしろこの支払が中野吾市一〇〇万、安貞姫三〇万というのはかなりはっきりしているのでしょうか。』

安川典江 『はっきりしています。』

弁護人 『あなたの記憶ではっきりしているわけですね。』

安川典江 『そうです。』

弁護人 『安貞姫の説明もあなたの記憶とあっていましたか。』

安川典江 『あっています。』

―― 中略 ――

弁護人 『中野吾市さんの八月一二日の一〇〇万というのは、これは本人もそういうふうにもらったといってるんですが、今の金銭出納帳の記載の上では、出てこないということですね。』

安川典江 『はい。』

―― 中略 ――

弁護人 『それから昭和四六年三月に中野さんが、簿外賞与として二〇〇万臨時にもらっているということのようですが、これは中野さんがもらったといっているんですが、間違いなくあなた支払したんですか。』

安川典江 『しております。』

弁護人 『これは本人の説明もありましたが、あなたの記憶ではどうして二〇〇万といえば臨時にしても金額が大きいですね。』

安川典江 『はい、当初中野本人が有限会社ユウラクに来ました時に支度金とかそういうものを一切もらってなかったということを福島が退職するにあたり、自分も止めたいという申しでがあったりしまして、それで支度金二〇〇万臨時賞与として会社からだしてあげるという条件でおってもらいました。』

弁護人 『じゃ中野さんの引き止め料みたいなものも含めて、それで臨時ボーナスとして会社からだすようにしたとこういうことですか。』

安川典江 『そうです。』

―― 中略 ――

弁護人 『それからさきほどの金銭出納帳に記載のあった一二月三〇日の一三〇万のうち、三〇万は、事務員の安貞姫の方にボーナスとして簿外でだしたということはこれはまちがいないですね。』

安川典江 『はい。』

弁護人 『甲斐昭市という人の三万円が三月一五日に出ておりますが、これは検四の金銭出納帳にのっていますね。』

安川典江 『はい。』

弁護人 『三月一五日、甲斐昭市様の父に世話料として三万円と、こうなっていますね。』

安川典江 『はい。』

弁護人 『これは安貞姫からこのことの説明は受けましたか。』

安川典江 『はい。従業員を世話していただいたので世話料としてだしたということです。』

―― 中略 ――

弁護人 『それから四六年一二月三〇日に清宗洋一六万円という記載がありますね。』

安川典江 『はい。』

―― 中略 ――

弁護人 『この六万円というのは何かわかりますか。』

安川典江 『給与として渡しております。』

―― 中略 ――

弁護人 『そうだとするとこれは何ですか。ボーナスですか、どうなるんですか。給与は給与としてだしているんでしょ。』

安川典江 『はい。』

弁護人 『一二月三〇日というともう暮れですわね』

安川典江 『大掃除とか、何か事務所とかいろいろ大掃除の手伝いとかにだしております。』

弁護人 『しかし、清宗さんだけに出すというのもおかしいようには思うけれども、そういう場合は、他の人には出さないの。』

安川典江 『いや事務所の大掃除だとか食堂の大掃除とかそんなにいらないので、一人か二人手伝ってもらうというふうに聞いております。』

弁護人 『実際にそういうことをやった人に出しているということですか。』

安川典江 『はい。』 (第七二回公判調書一五丁表~二一丁裏)

したがって、これらの賞与は、損金に計上されてしかるべきである。

(7)旅費・交通費(安川典江、計一五万二八〇〇円)について

原判決は、「被告人安川が法廷で供述するだけで裏付けとなる証拠は、何らなく、にわかに措信しがたい。」として、損金計上しなかった。

証拠上、会社の旅費・交通費として使われたのは、以下の証言から明らかであり、記帳漏れであり、損金として、計上されるべきである。

弁護人 『これはどういうものかわかりますか、説明を安貞姫から聞いてわかった場合とあなたが直接わかる場合と分けて言って下さい。』

安川典江 『説明を聞きました。』

弁護人 『どういうことでした。』

安川典江 『従業員の親御さんがみえました時、旅費及び食事代としてわたしたということです。』

弁護人 『次に四六年一一月一一日のところを見てください。安川旅券一万五〇〇〇円とありますが、これもやはり同じ趣旨ですか。』

安川典江 『はいそれも同じでございます。』

弁護人 『次に四六年一二月二六日のところを見てください。安川典江切符代金五人分二万円とかいてありますね。』

安川典江 『はい。』

弁護人 『これも一緒ですか。』

安川典江 『同じです。』

弁護人 『これは旅券なんて書いてあるとよくわからなかったんですが、どうして旅券なんてかくんですかね、切符代、交通費と何といわれましたかね、従業員の親御さんが来た時に…………。』

安川典江 『食事代。』

弁護人 『そういうものは含まれているわけですか。』

安川典江 『はい。』

弁護人 『それを安貞姫さんあるいは手島さんですか、いずれかがどうして安川旅券とか、そういうふうにあなたが直接使ってないものを書いたのかその辺の説明を聞きましたか。』

安川典江 『いえ、別に聞きはしませんでした。』

弁護人 『あなたが自分で直接使ったわけではない、それははっきりしているんですね。』

安川典江 『はい、それはまずありません。』 (第七二回公判調書第二二丁裏~二三丁裏)

弁護人 『あなたがこのユーラクから四五年頃、まだ代表者になる前、京都へいくとかあるいは万博へいくとか東京へいくとか、ということで旅費交通費を直接もらうというようなことがありましたでしょうか。』

安川典江 『いいえ、私はお店でこういうふうにもらうということはまずしておりません。』

弁護人 『まずしていないというのは、全くないという意味ですか。』

安川典江 『全くありません。頂いた配当金の中で自分のことはしておりました。』

弁護人 『そうするとこれらいずれもこの会社の業務に関係したことだということになるんでしょうが、安貞姫さんの説明は、どんな説明でしたか。』

安川典江 『従業員の身内の方がみえた時に万博に行っていらっしゃいとかいってあげたとかそういうふうに聞いております。』

弁護人 『従業員の福利厚生みたいなことですか。』

安川典江 『はい。』 (第七三回公判調書二八丁裏~二九丁裏)

(8)割り数について

原判決は、毎日商事有限会社の割り数について、「(殊に押収にかかる景品日報綴-同押の七・八)によれば、右年度の毎日商事の売上高は検察官主張のとおり、八〇%と推計するのが相当」と判示する。

しかしながら、検察側の承認として、出頭した山川は、その証言において、次のとおり割り数が八二%でありうることを認めている。

弁護人 『そうすると、四四年度の割数の八〇というのは、あなたの年間を通じての心づもりではあったようですけれども、例えば、八〇じゃなくて厳密にやれば、八一だったかもしれないし、あるいは二くらいいっておったかもしれないというその程度の違いとうか誤差はありうるのではないでしょうか。』

山川証人 『まああっても一パーセントか二パーセントくらいのものでしょう。』 (昭和五七年一一月一二日第 回公判調書)

また宮本証人は次のように証言する。

弁護人 『あなたも釘の調製等の経験がその当時からあったということですが、あなたがいかれた四三年の末頃までのパチンコ店の出玉率というのは、大体どの位だったのか、一般的にはいえないでしょうが、例えばあなたの店の当時どのくらいだしていましたか。備前のあなたの店は』

宮本証人 『まあ時期的なものによりますけど』

弁護人 『年平均して』

宮本証人 『年平均、均せば、八割五分前後だったと思いますけど』

中略

弁護人 『その釘師の腕によるもんでしょうが、調製の誤差それはどの程度のものですか。』

宮本証人 『大体一割乃至二割位の誤差、一割位は誤差というのは当然出ると思います。』

中略

弁護人 『四三年、あなたのおられた頃、毎日商事では、大体どの程度の出玉率であったのか、その点のご記憶ありますか。』

宮本証人 『まあ比較的普通のタイプの店で大体八割五分前後でおこなってたんじゃないかと思います。』 (第六五回公判調書二四丁表~二六丁表)

ところで原判決は、『押収にかかる景品日報綴-同押の七・八』を殊に挙げて、この検察官主張の正当性を裏付けようとするが、この証拠から八〇%と推計できる論拠も理由も挙げておらず、とてもこの数値を裏付ける資料ではない。

したがって、仮りに物的証拠が存在せず、推計によって、課税金額、ないし客観的ほ脱金額の算定が許されるとしても、推計の基礎となる証拠資料が同一で、推計の基準・方法・数値によって誤差が生ずる場合には、納税者にとって、もしくは被告人にとって最も有利な基準・方法・数値をもって算出すべきは、租税法上の原則であり、且つ刑事訴訟法上の「疑わしきは被告人の利益に」という大原則に合致するものである。

よって、本件においては、割り数について八二%と推認するのが相当である。

以上

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